Sick City

エピローグ

 アングレム帝国の帝都ボーナム。
 帝都ボーナムの中心にそびえ立つボンゾ宮殿の一室に、皇帝の命で急遽召還されたモルディラが跪いていた。
「バンカーナックの不死の王が倒されたようだ」
 モルディラの前で背を向けて立つ者が、耳障りな独特な声でそう告げる。巨大な部屋は天井が高く、奥には何やら女神像が飾られていた。
「不死の王が? それは今後の予定に影響致します皇帝陛下」
 モルディラの前に立つ者こそアングレム帝国の皇帝であった。皇帝はゆっくりと振り返り、モルディラにその顔を晒す。白いヘルメットと一体となった仮面は糸目のような双眸だけがくり貫かれており、無機質で無感情な印象を見る者に与えた。モルディラは皇帝から直接こうして命令される事が多く、今更驚く事は無かった。
 しかし知らない者がここにいれば、ゴブリン国家の皇帝がゴブリンでは無い事に驚いたかも知れなかった。全身鎧に身を包んで白いマントを羽織った姿は人間に近いようだが、実際にはどの種族の者かは知られていなかった。
「いや、別に構わん。あの者の存在意義は既に無きに等しかったのだ」
 モルディラの懸念に対し、皇帝は特に何とも無いように告げるだけであった。この正体不明の存在に対し、モルディラは未だに内心に渦巻く嫌悪感を払拭出来ていない。しかしゴブリン族に爆薬の知識を与え、ホブゴブリンやオーガ兵、巨大ゴブリン兄弟などを生み出したのがこの皇帝という存在なのだ。
 ゴブリン達は皇帝を恐れ、本能的に従うようになっているようだった。ダークエルフであるモルディラにはその理屈が分からなかったし、本能的には嫌悪感が先に来る程であった。しかしそのような感情は一切表には出さず、表面上は忠誠を誓っているような素振りを見せていた。
「……しかし『剣の霊』か。とうとう姿を現したな。これを見せたらどういった反応をするのか、非常に楽しみだ」
 皇帝が女神像を見上げてそんな事を呟いた。
「その女神像が何か?」
「ふふふ。いや、何でも無い」
 モルディラの質問ははぐらかされてしまった。一体その女神像が何だと言うのか、モルディラには全く見当も付かなかった。
 その女神像が何処から持ち込まれたのか知る者は、アングレム帝国の中には誰一人としていなかった。両側を角で飾られた兜と鎧、剣と盾を持つ長い髪をした女神の姿はどことなく苦痛を訴えているように見えた。


 登場人物紹介
第十四話・死者蹂躙
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