Sick City

第三章・部隊編成

「ほほう、もう一人もなかなかじゃないか。名前は何と言う?」
「め……えっと、シェイラ。シェーラだあははは」
 レイジがレミュエールとメシェイラを連れて『白馬亭』の中に入ると、傭兵隊長キャンベルは既にいくらか酒を嗜んでいた。トニーとバリーの二人が来るのをメシェイラが嫌がった為、二人には金貨一枚を渡して適当に買い食いでもするようにと言い含めておいた。
「シェーラか。いい名だ。そちらのお嬢さんの名前も聞いておかないとな」
 冷や汗を浮かべながら乾いた笑みを浮かべるメシェイラであったが、キャンベルはその正体に全く気付いていないようだった。対してレミュエールも白い頭巾で耳を隠していたが、やはりハーフエルフだとバレないか内心ヒヤヒヤしていたのだが、表面上は全く動揺した様子は見せずに口を開く。
「レミュエールって呼んで」
「ふむ、珍しい名前だがよい名前だ」
 キャンベルは奥のテーブル席で一人で飲んでいたが、レイジ達が来るのを見越して四人がけのテーブル席に陣取っていたらしい。他の席も既に満席の状態で、大勢の客達で賑わっている。そんな中で誰もキャンベルと相席しようとしないのだから、これは恐れられているとか何かしらの遠慮があるのかも知れなかった。
「おっと、これはすまんな。出来れば男じゃなくて、お嬢さん達にお願いしたいんだがね」
 木製のジョッキが空になっていたので、レイジがテーブルに置かれていたピッチャーからエールを注ぐ。
「次はお前達が交互に注いでやってくれ」
「分かったわ」
「……へいへい」
 レイジのやり方を見てどうすればいいか学習した二人だったが、こういう場に慣れていないのもあって気付かなかったという面もあった。
「しかしシェーラは随分と若いな。歳はいくつなんだ?」
「え? えっと、15だよ」
「ふむ、一応は成人か。レミュエールはどうなんだ?」
「私は17」
 メシェイラは本当は14歳なのだが少しだけ歳を誤摩化し、レミュエールは特に隠す理由も無いので正直に告げた。ここでは、現代の地球で成人とされる年齢よりも早く成人とみなされるらしい。
「そういえばお前さんの名前は聞いてなかったな。男はどうでもいいんだが、さすがに不便か。それと年齢も一応聞いておこうか。本当はどうでもいいんだが」
「レイジだ。18だよ。しかし随分と正直な男だな」
「ははは。傭兵なんてのはいつ死ぬか分からん商売だからな。その時の感情に素直に生きておかないと、色々と損をするような気がしてな」
「そういうものなのか」
「ああ。何せ正規軍がやりたがらない所へ真っ先に行かされる訳だからな。当然、過酷な戦場が多い。今回の遠征も威力偵察という側面が強くてな。実は敵の正体が分かっていない」
 酔いのせいか、キャンベルは作戦上の重要な情報を口にしたような気がする。レイジは眉をひそめ、小声で疑問を呈する。ちなみに威力偵察とは、相手の装備や規模などが分からない場合に実際に交戦してそれらの情報を収集する事であり、敵の殲滅は主目的では無い場合が多い。
「いいのか、そんな事を言って。敵が分からないなんて、随分と穏やかじゃないな。てっきりゴブリンだと思ってたんだが」
「確かに旧リュカリオン領はゴブリンの勢力圏内だけどな。だが最近、リュカリオンの国境プレシアス周辺で行商人が襲撃される事件が多発していてな。話を聞くに、どうもゴブリンでは無いらしいんだな。この話は商売人連中も知っているから、特に秘密って訳でもないんだ。今回の遠征も商業ギルドの依頼だったりするから、待遇はかなりいいぞ」
 キャンベルが待遇について言及したので興味をそそられたらしく、メシェイラが話に食い付いてきた。
「へえ、いくらぐらい貰えるんだい?」
「……そうだな。実績やら功績も加味されるから一概には言えない部分もあるが、最低でも金貨20枚はいくんじゃないか?」
「……おいおい、一年は遊んで暮らせる額じゃないか」
 実際には遊んで暮らせる程の金額では無いのだが、盗賊家業に身を染めて極貧生活に慣れ親しんでいたメシェイラの感覚ではそのくらいの認識だった。
「まあ商業ギルドとしても、それだけ困ってるって事さ。何せプレシアス街道は南方のペデスとの唯一のルートになっているからな。あそこを安心して通れないってのは、特にペデス関係の利権を持ってる連中にしたら死活問題だ」
「ペデスってのは何だ?」
「ああ、お前さんは大陸出身とか言ってたか。それなら知らなくても無理は無いか。ペデスはこの界隈では一番大きな宗教国家だな。ん? しかしレミュエールはペデス出身じゃないのか? その白い被り物はペデスでよく見られるそうなんだが」
 いまいちよく分からないが、レミュエールが尖った耳を隠す為に被っている頭巾がそのペデスの住人のものとよく似ているようだった。
「ええ、まあそんな感じなのかしら。ペデスでも田舎の方だからレイジ達は知らないの」
「なるほどな。ペデスと言っても色々か」
 レミュエールはよく分からないながらも、話を合わせて何とか誤摩化す。ちょうどキャンベルのジョッキが空になっていたので、誤摩化しついでにピッチャーからエールを注ぐ。内心はペデスについて聞かれたらと思うと気が気では無かったが、どうやらキャンベルの話の興味は別の方向へと向かっていた。
「そういえばお前さん達が来る前に『金貸し』ワーキッシュの使いってのが来たんだが、王家の宝を探せとか無茶を言ってくれる。そんなもんは旧王都まで行かなきゃ見付からんだろうさ。プレシアスからどれだけ掛かると思ってんだ」
「どれだけ掛かるんだ?」
「キバナからプレシアスまで3日、プレシアスから旧王都バンカーナックまで2日ってところだろうな。一応は糧食もその往復が出来る程度は用意させるが、そもそもプレシアスを突破しないと話にならない。プレシアスにどれくらいの戦力がいるのか分からん以上、突破出来るかどうかも分からんという訳だ」
 ここまでの話で、行商人を襲っているという者についての話が全く出て来ないのが気になるレイジであった。
 その後はキャンベルが酔い潰れるまで付き合ったが特に有益な話は聞けず、もっぱらレミュエールとメシェイラを口説くだけに終始してしまった。飲み食いの代金を払うのを渋ったメシェイラがキャンベルを放置して外に出ると主張し、結局支払いはキャンベルに押し付ける形で白馬亭を後にした。
「ったく、二度とあんな真似しねえぞ。俺は飲み屋のねえちゃんじゃねえんだ」
 すっかり夜も更けた街中で、メシェイラは不機嫌そうな顔で愚痴をこぼす。レミュエールは特に何も言わないが、やはり似たような気持ちではあった。
「それよりも、今夜はどうするつもりなの? 何処か泊まれる場所は無いのかしら」
「トニーとバリーと合流するのが先だろ。あいつら大金持たせたから何かしでかしてそうで不安なんだ」
 メシェイラの不安が的中したのか、酔っ払い達がたむろしている一角で一騒動が持ち上がっていた。
「てめえ、このクソガキ!待ちやがれ!!」
「ご、誤解なんだな!」
 見ればバリーが酔っ払い達に袋叩きに合っていた。
「バリー!やめろお前ら!いい大人が寄ってたかって一人に対して何やってんだよ!!」
 メシェイラが血相を変えてバリーと酔っ払い達の間に割って入り、喧嘩を止めさせようとする。いきなり飛び込んできた部外者に酔っ払い達は拳を振り上げようとするが、それが意外に可愛らしい顔をした少女だった為に動きが止まる。
「どいてくんねえかお嬢ちゃん。そのバカが俺達のメシ全部喰っちまったんだ。金があるとか抜かしやがるが、金の問題じゃねえんだよ。俺達は今、ここでメシを喰いてえんだ。こんな夜更けに金貰ったってなあ、何処も店はやってねえんだ。白馬亭だってもう店じまいだろうしな」
 一人の酔っ払いが意外にしっかりした口調で理由を説明してくる。しかし鼻血を出しながらもバリーは涙目で必死に訴える。
「そ、それはオラじゃねえだよ!人違いなんだな!さっきからそう言ってるだよ!!」
「どういう事なんだバリー」
「オラもよくわかんねえだよ。鳥のもも肉を頬張って歩いてたら、いきなり取り囲まれただよ」
 バリーの話では、どうやら誰かに間違えられたらしい。しかし他にも気になる事がある。
「トニーは何処行ったんだ?」
「トニーは奇麗なお姉さんに付いてっただよ」
「……あのバカ」
 どうやらトニーはバリーに鳥のもも肉を与え、残りの金を持って女遊びでもしているらしい。色々と知識があって頭が良い印象のあるトニーだったが、女に滅法弱いという弱点のある少年であった。
「どうやら人違いらしいぞ? こいつは頭は悪いが、頭が悪いなりの生き方をしているヤツだ。つまり嘘だの誤摩化しだのが出来る器用な頭の持ち主じゃあないって事だ。そんなヤツが嘘を付くとは思えんからな。それ以上やろうって言うなら何処からでもかかってこい」
 随分と酷い弁護の仕方ではあったが、レイジはバリーの無実を訴えて酔漢達の前に立つ。その手に剣らしきものを携えているのを見て、さすがに酔っ払い達はブツブツ良いながらも去って行った。
「大丈夫かバリー。ほら、これで血を拭けよ」
 メシェイラが首に巻いていたスカーフを外してバリーの鼻血を吹いてやる。
「うへ、へへへ。なんだかメシェイラほんとに女の子みてえだよ。いつもよりやさしい気がするんだな」
「ば、バカヤロウ!何言ってんだこのデブ。いっちょまえに色気づいてんじゃねえ!!」
 照れるバリーに怒鳴るメシェイラ。どうやらバリーは特にたいした怪我はしておらず、鼻血の他は所々に擦り傷があるくらいだった。
「しかしトニーのバカ、一体何処に行きやがったんだ。何でよりによってこんな時に女なんかに目が行くんだ」
 まるで理解出来ないといった感じのメシェイラだったが、実はメシェイラが女の格好をした為にトニーがその気になってしまった事に気付いていなかった。
「レイジ。トニーの居場所、分からない?」
 今まで傍観していたレミュエールが、ふとレイジにそんな事を尋ねる。メシェイラ達には今だに説明していないが、レイジの能力ならばトニーを探し出せるかも知れないと考えての事であった。
「最初から追跡している訳じゃないからな。エネルギー値の小さな人間一人を探し出すってのは、意外と手間が掛かるんだ。少しだけ待ってくれ」
 レイジが目を瞑って何やら様子を探っている風であったので、レミュエールもメシェイラも黙って成り行きを見詰める。やがて数十秒経ってレイジが目を開ける。
「あっちの方角にいるようだ。ここから200メートル、大きな館の中にいるな」
 レイジの指差した方向は北で、どうやら大きく離れている訳ではないらしい。ちなみにメートルなどと言う単位はこの世界では通用しないので、レミュエール達には何の事かさっぱりであった。
 メシェイラが急いでレイジの示す方向へと走って行くので、他の者も後に付いて行く。やがて場所が分からなくなったメシェイラがレイジの後に付いて行く格好に変わり、しばらくして目的地に到着する。
「……こりゃまた、随分といかがわしい店らしいな」
 目の前の建物を見たメシェイラが、呆れたような顔でそう評した。そこはおそらく女達と金でよろしく出来るかも知れない夜のお店らしく、派手な装飾が施された看板が掲げてあった。躊躇無く中へと入るメシェイラを先頭に、皆で店に入る。するとすぐ傍に大きなカウンターがあり、一人の老婆が座っていた。
「おや、えらいべっぴんさんが二人もようこそ。仕事がしたいのかい?」
「違うわい!友達が中にいるってんで来たんだよ。まだ15手前のガキだ」
「ああ、それなら15番の部屋にいるよ。厄介事はご免だからね」
 老婆の教えてくれた部屋は一階の通路の奥にあった。メシェイラはこれまた躊躇無く扉を開け、堂々と中に入る。すると中ではトニーが一人でベッドに腰掛け、何やらしょぼくれていた。
「トニー!てめえこのヤロウ、一人で何をやってんだよ」
 メシェイラが血相を変えてトニーに駆け寄ると、当の本人は何やら力無い笑みを浮かべていた。
「……やあ、メシェイラじゃないか。もうこの際、お前でもいいかなって気分なんだぜ」
 おもむろに立ち上がり、ふらふらと両手でメシェイラに抱きつこうとしてくる。それを咄嗟に避け、メシェイラは思いっきりトニーの横っ面を引っ叩いた。
 ばちん!!
「このクソバカ!正気に戻りやがれ!!」
「おわっ!いってええ!!」
 実はレイジは最初から部屋の中にはトニーだけしかいない事を知っていたのだが、何となく事情を察して何も言わなかった。
「目ぇ覚めたか? それよりもお前、バリーを置いて何一人で女漁りなんてしてやがったんだよ!大体何でお前一人だけなんだ? 相手の女がいないじゃないか」
 メシェイラの追求に正気に戻ったらしいトニーが、目を泳がせて言い訳を始める。
「い、いやな? 屋台でバリーに鶏肉買ってやった時に金貨を出したのを見てたらしくてな。それで奇麗なねえちゃんが声を掛けてきてさ。その、お前があまりにも女らしいもんだから、俺も何かもやもやしちゃってさ。気が付いたらここで一人になってた……」
 まるで浮気がバレた亭主のような有様であったが、それを口にすると怒りの矛先がこっちに向きそうだと思ってレイジは黙っていた。
「一人になってたってお前……おい、金すっからかんじゃねえかよ!」
 何かに気付いたメシェイラがトニーのズボンのポケットやら懐やらを漁り出し、無一文になっている事に気付いて悲鳴を上げる。そこでようやくどういう事態なのか皆が悟った。
「どうやらその女に、有り金全部持ってかれたようだな」
 レイジの核心を付く一言で、トニーの顔が凍り付いた。
 カウンターに座っていた老婆に尋ねると、既に部屋の代金は払ってあるとの事であったのでそのままその部屋で寝泊まりする事になった。いかがわしい店ではあったが実際は普通に宿屋としての側面も持っており、ただ単に客を選り好みしたりしないというだけの話であった。
「ったく、これじゃトニーもバリーも信用出来ねえよ……」
 部屋のベッドで、レミュエールとレイジを挟んで川の字になって寝ていたメシェイラがそんな事を呟く。元の汚らしい格好に戻ろうとしたらレミュエールから拒絶されたので、仕方無く女装のままで寝た。トニーとバリーは床で寝ているが、レイジまで排除すると自分は女だと言っているようなものなので渋々同伴させている。
「もう女の子だって正直に言った方がいいんじゃないかしら」
「うるせえな。俺だってそろそろ隠しきれなくなってきてるって自覚してるよ。でも今度の傭兵の仕事で金貨20枚も手に入れば、その金でみんな独り立ち出来るんだ。それまでバレなきゃいいんだよ」
 どうやらキャンベルの話を聞いた事で、これからの展望を少なからず思い描いていたらしい。しかしレイジはいくら何でもこの金額は出来過ぎでは無いか、と疑っていた。何故なら、このメシェイラのように考える者がいるからである。
 傭兵とは言え、彼らも命は惜しい。出来れば一財産築いてさっさと引退したいと考えるのは当然だろう。しかし雇う側からすれば、より優秀な兵は手放したく無いと考えるものだ。一度に大金を与えるのでは無く、出来れば長期間に渡って雇用したいと考えるものではないか。
 であれば、金貨20枚という金額は一回の契約に対してのものと考えるべきだろう。そしてその一回とは、一度の戦闘とは限らないのだ。おそらくはある程度の期間、傭兵として従事して初めてその金額を受け取れると考えるべきだろう。
 しかしそれを今言ったところで、それはあまり意味が無い。メシェイラ達に今更言ったところで傭兵になるのを辞めると言い出しかねないし、エルフ達の目的を考えれば何処かで足がかりを得なくてはならない。レイジの目的はすぐに達成出来るものでは無いし、それには情報収集や人脈作りなども必要になってくる。結局、傭兵という選択くらいしか無いのだった。


 次の日からは傭兵として正式に雇われる立場となったが、傭兵は正規軍では無いので招集されるまでは駐屯地の中にいるだけでいいらしい。市街の外れ、城壁沿いに正規の騎士団駐屯地と並んで傭兵団駐屯地があった。まずはキバナの外で野営しているリリーンネール達を呼ぶ事から手を付けた。
 レミュエールに連れられてエルフ兵20名、リュカリオンの子供達40名が揃ったのは昼過ぎになってからだった。
「全く、私が楽器しか持ってないからって手続きに時間掛け過ぎなのよ」
「リリーンネールがあそこで強情にならなければ、ややこしくならずに済んだのに……」
「あらレミュエール、言うようになったわね」
 何やら傭兵手続きで一悶着あったらしく、二人で何やら言い合っていた。一方でエルフ達に拘束された挙げ句に訳の判らない内に傭兵登録されてしまい、リュカリオンの子供達はそれぞれ不満を口にしていた。
「なあお前ら、この仕事で最低でも金貨20枚も貰えるんだぜ。ここらで一旗揚げるってのも悪くないだろ?」
 トニーの説得を聞き、途端に子供達の目の色が変わる。
「本当かよ!」
「20枚か……すげえ大金だな」
「これで盗賊家業から足を洗えるな!」
 メシェイラは元の汚らしい服に着替え、わざわざ顔を泥か何かで汚してすっかり元通りになっていた。一晩経った事で改めて冷静になったのか、何やら難しい顔でレイジに声を掛けた。
「なあ、本当に俺達なんかが傭兵なんてやれるのか?」
「何だ、不安になったのか」
「だってよ、武器とかどうすんだ? まさか、タダで貰えたりする訳じゃないだろ」
「自分達で用意するに決まっているだろう」
「……マジだったのかよ」
 一応は聞かされていたが、改めて同じ事を言われてレイジが本気であると知った。
「俺の生まれた国では昔の戦士は、自ら武具を揃えて戦場に赴いたと聞く。剣や槍、それに弓に大鎧など自分に合ったものを作らせた訳だな。そういう訳で剣と槍、弓矢と簡単な鎧を用意するところから始めようか。幸い昨日手に入れた金貨がまだ30枚はあるし、材料くらいは揃えられるだろう」
 レイジの方針で武器の製造から始める事になってしまい、まずは剣と槍、それに鏃(やじり)を用意する為に砂鉄を取りに行くと言う。レイジはキャンベルから紹介された鍛冶職人から近くの山から花崗岩(かこうがん)が採れる事を聞き出し、その山へと皆を連れて分け入った。
「何で地面なんて掘らなきゃならねえんだよ……」
「花崗岩の鉱床からはチタンを含んだ良質な砂鉄が採れるんだよ。集めた砂を皿に入れてそこの川で洗い流し、残った黒い砂が砂鉄だ。『鉄穴(かんな)流し」って言うんだけどな」
 ぶつぶつと文句を言いながら穴を掘っていたメシェイラに、レイジが砂鉄の採集方法を説明する。一人で作業するならば途轍も無い時間が掛かるが、さすがに60人もいれば一気に作業が進む。
 一日の内16時間作業した場合、一人当たり一時間で2キログラムの砂から60グラム程度の砂鉄を得られる。その中から製鉄で得られる鉄は計算上およそ20グラム程度であり、60人が一日作業して得られる鉄は2キログラム程度であった。伝統的な日本刀の標準的な重さが1キログラム程度と言われているので、全員の剣を揃えるとなれば砂鉄の採集だけで一ヶ月も掛かってしまう。
「さすがに無理があるか……」
 初日は昼過ぎから始めて日が落ちるまで、二日目は朝早くから始めてやはり夕方まで作業してようやくレイジはこの方法を諦める事にした。
「あのねえ、みんなで汗だくになってドワーフの真似事やらせて、結局無意味って凄く間抜けな話よ?」
 結果が伴わなかった事に腹を立て、リリーンネールが早速文句を言ってきた。しかしレイジは特に気にした風でもなく、あくまで前向きな発言をする。
「いや、自力で集めるのがいかに手間が掛かるかを知れただけ、充分に意味があった。いきなり欲張り過ぎたのかも知れない。考え方を変えて、早急に簡単に手っ取り早く武装する方法を考えよう」
「どうしようってんだよ」
「まずは弓矢を揃えるのがいいだろうな。おそらく一番の主力武器になるだろうしな」
 メシェイラの問い掛けにそう答えたレイジであったが、エルフの製造方法は特殊で材料となる木自体が手に入らないのが問題であった。エルフ独特の複合弓は性質の違ういくつかの木材と動物の骨、それに動物の腱を糸状にほぐしたものを貼り合わせて作られる。人間の国では単一素材で作られるロングボウが主流であり、エルフの複合弓は小型の割に射程、威力共にロングボウを上回る性能を持っていた。
 さらにその製法上、材料を膠(にかわ)で貼付ける為の時間が数ヶ月も掛かる場合もある為、早急に武装化するという目的に合致しない。結局、人間の国家で普通に用いられるロングボウで間に合わせる事になってしまった。武具屋に入って始めて分かった事だが、これが意外に高い買い物となってしまう事が分かった。
 職人の手によって作られたロングボウ一つ購入する為には金貨5枚が必要であった。12本の矢が入る矢筒と12本の矢も揃えるとすると、とんでもない金額になってしまった。矢は6本で金貨1枚、矢筒は銀貨5枚程度で、40人分の弓で金貨200枚、12本の矢を40人分で金貨80枚、矢筒40人分で金貨2枚、合計で金貨282枚も吹っ飛んでしまう。
「この案も駄目だな。弓矢は便利で強力な反面、コストが掛かりすぎる。槍なら揃えられそうだな」
 レイジは弓矢での武装を早々に諦め、今度は槍の購入を検討し始めた。槍は色々な長さと形状があるが、戦場で一般的に用いられている4メートル程度のパイクと呼ばれる歩兵用の槍が無難だと思われた。簡単な構造の為か値段もそれほど高く無く、銀貨50枚あれば買えるというのも魅力であった。40人分のパイクを揃えるのに要する値段は金貨20枚で、金貨10枚程が余るのでそれをサブウェポンか防具に当てられる。
 サブウェポンか防具のどちらを優先するか少し考えたが、結局武器を優先させる事にした。パイクは閉所での戦闘に向いていないのでそれを補う必要があったし、何よりレイジ自身が防具を必要としない戦い方をするので後回しにしようと考えたのだった。
「パイクの補助にショートソードが無難な組み合わせか。値段も手頃だな」
「なんか結局、お前が全部決めるのな……」
 レイジが勝手に店主と話を決めてしまい、付き添いで立ち会っていたメシェイラがぼやく。ショートソードという小剣は銀貨10枚なので、40人分なら金貨4枚で済む。これで残ったのは金貨6枚で、この残りで防具を揃えられるかどうかを考える。
「やはり危険な現場には安全帽が欠かせないよな」
 レイジは数ある防具の中で、半球型のヘルメットを選んだ。やはり人体で一番狙われ易いのは頭部であり、最低限何処を守るべきかと問われればやはり頭部になる。値段も銀貨15枚で、40人分揃えると丁度金貨6枚となるのも都合が良かった。


 こうして三日が経ち、四日目になってようやく戦闘訓練が始まった。とは言っても陣形などの団体行動の訓練が主で、剣や槍の扱いに関しては基本的な動作だけしかレイジは教えなかった。槍などはもっぱら抱えて持ち歩く動作を重点的に教え、後は構えてから突く動作の反復だけであった。
 五日目には早々にキャンベルから呼び出しがあり、急遽遠征日が明日に決定したと告げられた。
「いきなりかよ。まだ剣も槍も全然覚えちゃいないってのに」
「全くだわ。私達なんてただ見てただけじゃない」
 キャンベルからの呼び出しからレイジが宿舎に戻ると、割当られた大部屋には全員が集まっていた。報告するとメシェイラとリリーンネールの文句が早速飛び出すが、それを流して話を続ける。
「それでキャンベルから部隊名を授かったんだが、これから俺達の事は『泥まみれ』と呼ぶんだとさ」
 おそらくリュカリオンの子供達が汚れだらけの祖末な服装である事から名付けたのだろうが、その名前が屈辱的なものだったので彼らは一斉に色めき立った。
「あのクソオヤジ、ふざけやがって!」
「好き好んで汚い格好してるんじゃねえや!」
「バカにしやがって!!」
 実際のところはキャンベルの思惑として、彼ら少年兵達が初陣で萎縮しないよう敢えて反感を抱かせて気を紛らわせる意図があったのだが、まだ歳若い彼らにはそんな意図を汲み取れる心の余裕は無かった。その日の訓練では主にエルフ兵との連携を考慮した陣形を練習し、傭兵団から支給される食事で腹を満たした後は充分な睡眠を取った。
 遠征日当日、キャンベル率いる傭兵団は馬を率いて駐屯地に集合していた。レイジ達『泥まみれ』部隊は歩兵なので、馬は用意されていなかった。泥まみれ部隊の他にもいくつかの歩兵の小部隊が集結しており、彼らは剣や斧などに円形の盾、金属片を縫い付けた簡素な鎧といった装備が主であった。構成としてはキャンベルの騎兵隊が50人程度、歩兵が300人程度であった。
「何かあまり規模大きくないんだな」
 駐屯地に集まった人数を数えた訳では無いだろうが、メシェイラの記憶にあるリュカリオンの戦争で見た軍隊の規模からは大分少なく感じた。さすがに国家間の戦争ともなれば万人単位が衝突する規模になるものだが、今回のような傭兵による威力偵察では大規模な部隊を動かす筈も無い。
「ではこれより、プレシアス遠征任務へと出発する!全員騎乗!!」
 キャンベルが大声で号令を掛け、騎兵達が一斉に馬に乗る。キャンベルが先頭となって馬を常足(なみあし)で歩かせると他の騎兵達も続いて駐屯地を出発、後から歩兵達が二列縦隊で前進を開始する。泥まみれ部隊も事前に訓練していたおかげで、一応は縦列での行進に遅れずに加わる事が出来た。
 こうして彼ら泥まみれ部隊は、一路プレシアスを目指して約三日の道程を行進する事となった。


第十四話・死者蹂躙
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