Sick City

第四章・死霊戦線

 旧リュカリオン王国国境の都市プレシアスは、かつては数多くの魔法使いを輩出してきた学問都市であった。国内のみならず広く国外へも門戸を開き、古代の英知を求めるならば誰しもがプレシアスを目指した。しかしそれはゴブリンも同じであったらしく、侵略という形で全てを奪われたのは皮肉な結果であった。
 遠征隊はプレシアス郊外に仮初めの陣地を設営し、キャンベル率いる騎馬隊はそこで待機した。歩兵部隊はプレシアス市内へ進出し、荒廃して廃墟となった市内を隈無く捜索するようにと命令を受けていた。その中には当然、レイジ達泥まみれ部隊も含まれていた。
「おいおいおいおいおい!何で死体が動いて襲い掛かってくるんだよ!!」
 メシェイラは悲鳴を上げながら、必死になって槍で敵を押し返そうとする。
「レイジがあらかじめ接近を教えてくれたからまだ良かったのよ。じゃないとあの人達みたいになってたんだから」
 レミュエールはシロガネを放って牽制しつつ撤退を支援していた。その視線の先には、つい先程まで共に戦っていた傭兵達の変わり果てた姿があった。先行していたいくつかの部隊が突然現れた動く死体に襲撃され、死んだ後に同じく動く死体となって襲い掛かって来るのだ。
「俺の出身地ではこいつらみたいな存在の事をゾンビなどと呼ぶ。しかし単純に死体が動いている、という解釈の仕方は本質的に違うみたいだな」
「……どういう意味?」
 レイジの口から出たゾンビという言葉と、それに続く謎の説明にリリーンネールが反応する。
「死体が動いているから気味が悪いと感じてしまうが、こいつらが動いている原理を知れば何と言う事は無いんだ。こいつらは死霊なんかじゃない。死体を使った機械みたいなもんだ。腐敗していた脳細胞をシリコン結晶へと変質させ、全身の骨格はカルシウム濃度が高められ、まるでセメントのような構造に変化している。一言で説明するならば、『ケイ素生物』と呼ばれる存在だ」
 ケイ素生物とはSF作品などに登場する事の多い存在で、人間などの通常の生命体を『炭素生命』と名付け、それに対して鉱物などが由来の生体を持った、まるで石のような存在を指す。地球のような環境では存在は難しいとされているが、違う環境下ならば存在可能なのではないかと仮定されている。
「全く意味が分からないわ」
「だろうな」
 しかしリリーンネールを始め、この場にいる者でレイジの説明を理解出来た者は一人もいなかった。ただ次に続く言葉は、さすがに誰でも理解出来る内容だった。
「要するに、こいつらを操っているヤツだいるって事だ」
 それだけ告げるとレイジは素早くゾンビの一体に肉迫し、左の鞘から抜刀してその首を切り落とした。さらにニ度三度と目にも留まらぬ早さで刀が振るわれ、ゾンビの両手を肩から切断して無力化した。
「誰だよ、その操ってるヤツってのは!?」
「さすがにそこまでは俺にも分からない」
 メシェイラ達は4メートルの長さを持つ槍を活かし、ゾンビの集団を寄せ付けないように立ち回っていた。しかしいくら槍で突き刺したところでその動きが止まる事は無く、さらにゾンビの数の方が多いので次第に押されて後退を余儀なくされてしまう。レイジのように鋭い切れ味を持った刃物で一刀のもとに切り捨てる事が出来るなら話は別だが、彼らの持つショートソードではさすがにそこまでの芸当は出来なかった。
「とにかくこいつらから攻撃を貰うな。どうやら傷を付けられたらゾンビ化してしまうようだからな」
 今までゾンビとなった傭兵達の共通点は、その殆どがゾンビによって噛み付かれたり手で引っ掻かれたりして傷を負った場合に限られるようだった。幸いな事にゾンビとなった者は武器を使う事が無い上に動きも鈍く、やたら強い力を持つ以外は特にこれといって目を見張る部分は無い。
「だけど数が多いわ。私達はよくても他の傭兵に被害が出てるし。どうにかならない?」
 レミュエールはシロガネが全く通用しないので、少々分が悪いと感じ始めていた。
「そうだな……レミュエール、前に使った炎の魔法を使え。こいつらは腐敗した肉体をカロリーとして動いている。肉が無くなればエネルギーが無くなり、動けなくなるだろう」
「……えっと、何言ってるのかよく分からないんだけど。要するに『炎球(えんきゅう)』を使えばいいのね」
 相変わらずレイジの説明は難しくレミュエールには半分も理解出来なかったが、炎が弱点らしい事は理解出来た。腰のヒップバッグから魔導書を取り出し、呪文の詠唱を始める。
「世界を形作りし原初の魔力(マナ)よ、創世の熱を破壊の炎としてこの世に現れよ!」
 大気中に漂う微細な金属粒子の対流をコントロールし、加速による断熱圧縮で急激に熱量を生む。これは大気圏に物体が突入した際に起こる摩擦熱と同じ原理であり、それを空気中に漂う微細な金属粒子にて再現したものと言える。一般的にはあまり知られてはいないが、大気中には鉄や鉛、ニッケルやパナジウムなど多様な金属が粒子状となって含有されている。これを二次生成粒子と呼ぶのだが、やはりそんな事はレミュエールは全く知らない。
 高熱を孕んだ金属粒子をひとつの塊と成し、炎の球として射ち出す。ゾンビの群れに向けて飛来した炎球は群れの中心で爆発四散し、高熱を周囲に拡散させてゾンビ達を炎で炙る。
「うわっ!エルフなのに古代魔法が使えんの!?」
 レミュエールの見せた古代魔法にメシェイラが驚く。リュカリオン出身の為か、古代魔法に対して常人よりも知識があるのかも知れない。
「えっと、ハーフエルフなんだけど。でも確かに炎は効くみたいね」
 炎に包まれたゾンビは急激に炭化し、その動きを止める。密集した集団に対して放った為か、およそ20体前後のゾンビが一度の炎球で炭化した。他にも炎に肉を炙られてダメージを負った個体もいたが、身体の一部だけ炭化した場合や多少の損傷程度では動きを止めるに至らなかった。
「こりゃいいや。どんどんやってくれよ」
 トニーがその威力を目の当たりにして軽口を叩く。しかしレミュエールは首を横に振ってしまう。
「そんなに何度も使える術じゃないの。高度な術だからせいぜいあと一回が限度」
「っておいおい、それじゃ一時しのぎにしかならないじゃないか」
 折角の明るい材料が即座に否定され、トニーはがっかりしてしまう。熟練した魔術師であるならば或いは何度も使えるのかも知れないが、まだ未熟なレミュエールにはニ回の使用が限界であった。それでも炎球が使えるだけ、充分に凄い事なのではあったが。
「それは他のエルフ達で補えばいい。火種が出来たんだから、火の精霊に力を借りる事も出来るだろう」
「ちょっと待ってよ。私達エルフに火を使えって言うの?」
「何か問題でもあるのか?」
 レイジが急遽言い出した策に、リリーンネールが即座に噛み付く。
「大有りよ。エルフは最低限の火しか使わないのよ。森の木々を大事にするエルフにとって、破壊の炎は忌むべき対象なんだから」
「そんな思想はここでは役に立たない。今のこの局面、火を使わざるを得ない場面だろう。自らの身を守る為、ここは我慢して火を使ってくれ」
「うっ!……しかし私達にも矜持ってものがあって……」
「矜持を貫き死を待つか、なり振り構わず生き延びるのか好きな方を選べ」
 なおも難色を示すリリーンネールに、レイジは冷徹な選択を迫る。渋い顔で悩むリリーンネールであったが、しかし仲間のエルフの一人が口を挟んできた。
「リリーンネール、俺達はここで死ぬ訳にはいかない。残された仲間達の為にも、新たな安住の地を得る為にも」
 その声が本来の目的を思い出させ、リリーンネールの迷いを吹き飛ばした。
「……いいわ。この際しょうがないわ。火の精霊に力を借りましょう。みんな聞いたわね!」
 リリーンネールの号令で20名のエルフ兵達が火に視線を向ける。
「火の精霊サラマンダーよ!炎の矢となりて敵を討ち滅ぼせ!!」
 レミュエールの造り出した炎はそこら中で木造の廃屋などに引火し、小規模な火災を発生させていた。その火災から呼び出された火の精霊はまるで炎を纏ったトカゲのような姿をしており、その口から炎を吐き出してゾンビを攻撃した。
「うへえ、凄い勢いなんだな」
 バリーの目からは廃屋の火災が突然勢いを増し、炎の矢となってゾンビ達へ襲い掛かったように見えた。
 合計20本もの炎の矢がゾンビの群れへと降り注ぎ、次々と火だるまにしていく。炎の矢ひとつの威力はレミュエールの炎球の十分の一しかないが、それが20人分ともなれば同等の威力となる。そして威力が十分の一であるなら当然消耗する度合いも十分の一であり、つまり同じ事をあと十回行っても炎球一回分の消耗と同等であると言える。レミュエールが炎球を使えるのが二回が限度と言っていたのを考慮すれば、おそらくエルフ達は炎の矢を20回程度は使えるという計算になる。
 炎の矢の一回の攻撃でゾンビ一体を燃やし尽くす事が出来るが、計算上はエルフ達は400体のゾンビ達を倒す事が可能となる。レミュエールの炎球も合わせれば440体は倒せる計算だった。当初レイジの把握していたゾンビ達の総数は200体程度だったが、犠牲となった傭兵が100人近くゾンビ化していたので現段階では300体近い数がいた。
「槍で距離を取りながら、炎の矢で一体ずつ確実に仕留めていけ。槍持ちはエルフを攻撃されないように立ち回るんだ」
 レイジの指揮でリュカリオンの子供達は槍を前に突き出した格好で扇状に立ち並び、後方のエルフ兵達を守る壁を形成していた。そこら中で散発的にゾンビと交戦していた他の傭兵達は気付けばさらに後方へと下がり、今や泥まみれ部隊が最前線を維持している形になっていた。
「くっ!あいつら、こっちの苦労も知らねえで下がりやがって!こいつら、力強いんだよ!!」
 メシェイラは傭兵達がまた一人脱落して後方へと下がって行くのを見て、槍でゾンビを押し返しながら毒づく。穂先がゾンビの身体に深く突き刺さるが、ゾンビはそんな事はお構い無しにこちらへと前進する。槍は力が穂先の一点に集中する上、反対側の石突きと呼ばれる末端部分を地面に突き立てる形を取るのでなんとか押し止めていられる。メシェイラ達が苦労しているのは、その石突きの固定がずれてしまわないように足で踏みつけて体勢を維持する事であった。
 4メートルの長さと言うと相当に長く思えるが、実際の戦闘でこのような使い方をした場合は意外に短く感じる。石突きを足で固定し、柄を両手で持って構えるとそれだけで2メートル近く使ってしまう。そうなると相手との実際の距離は2メートル前後しか無く、もしも相手が2メートル以上のリーチを持つ武器を使う場合はアドバンテージが無くなるのだ。
 今回のゾンビが素手だからこそ通用しているようなものであり、相手が長い騎兵槍を持った騎馬隊などだったらもっと長い槍でないと通用しなかったのだ。地球上では最大で7メートルを超えるパイクも存在していたのだから、いかに槍のリーチが戦術に影響を与えるかが推し量れるだろう。
 レイジは泥まみれ部隊を指揮しつつ、どうしても手薄となる左翼の護衛をしていた。左翼は槍の構え方が右手側に偏る為にどうしても背中側を晒す格好になってしまい、側面に回り込まれない様に対処する必要があった。その為に扇状の陣形を保っているのだが、それも限度がある為に機動力に富むレイジが一人で持ちこたえていた。
「シッ!」
 接近して来るゾンビの一体をすれ違い様の抜刀で腰から上を両断し、ゾンビの胴体が地面に落ちる。さらに遅い来るゾンビに背中を晒す格好になってしまうが、即座に素早い足捌きで立ち位置を入れ替えて反転して迎撃する。
「ふっ!」
 煌めく刃がゾンビの首を刎ね、さらに納刀しながら反転して足払いを仕掛ける。首を失い両手で掴み掛かろうとしていたゾンビは足を払われてバランスを崩し、その場で転倒してしまう。地面に転がってジタバタと両手両脚を動かしてもがいている所へレイジは飛び上がり、力を溜めた両脚で肩を踏み砕いてしまう。
「ふんっ!!」
 ゴッ!!
 両肩の骨を砕かれてゾンビの両手は動きを止める。踏脚(とうきゃく)と言う技の一種であったが、それを知る者はこの場にはいない。
 さらに襲い掛かって来るゾンビの顔面に横蹴りを放ち、その顎を粉砕して吹っ飛ばしてしまう。こうしてレイジの獅子奮迅の如き働きと、エルフ兵達の炎の矢でゾンビ達を全て駆逐する事に成功した。
「どうやら終わったみたいだな。しかし初陣の俺達が全部引き受けるって、この傭兵団は大丈夫か?」
「エルフ兵達の力があったからこそだ。決してお前達だけの力じゃないぞ」
「わ、分かってるよ!」
 ようやく戦闘が終わって安堵したメシェイラが漏らした言葉に、レイジが釘を刺すように注意する。ここで勘違いして天狗になられても困るし、戦闘が終わったからと言って作戦行動の全てが終わる訳では無い。
「おそらく後方のキャンベルに連絡が行くだろう。そうすればこのプレシアス市内を支配下に置く為、市内の捜索活動に重点が移る筈だ。それで安全と判断したら正規軍の出番だろうな」
「正規軍の出番って、今更来て何をするつもりなの?」
 レイジの説明にレミュエールが問い返す。エルフ社会では傭兵というものが存在しなかったので、当然ながら正規軍などという区別の仕方もよく分からなかった。
「正規軍とは騎士だからな。商業ギルドの依頼で安全の確保の為に傭兵を雇っていると聞いたが、それならば隊商に護衛でも付ければいい話だ。それが規模は小さいながらも遠征などと言う軍事行動を取るからには、それ相応の思惑がある筈だ。具体的にはプレシアスを支配下に置く事で、新たな領地が得られると言う事だ。その新たな領地は騎士や貴族に分配されるんだろう」
「何よそれ。つまり私達は、体のいい使い捨ての駒みたいなものじゃない」
「へっ!傭兵なんざ所詮、そんなもんだろうぜ」
 リリーンネールの不満にメシェイラが分かった様な事を言う。しかし国家としては国に忠誠を尽くす貴族達をないがしろにする訳にはいかず、かと言って何の実績も残さずに恩賞を授ける訳にもいかない。その為、まず傭兵達に露払いをさせてから占領活動は正規軍に任せ、ちゃんと正規軍が占領しましたよ、という形を作る事で実績を伴わせる。これは要するに下請け会社と親会社みたいなもので、実際の現場の作業は下請けにやらせているが受注したのは親会社という形に似ている。
 しかし元の発注先である商業ギルドはそこまで関与しているのかどうか、そこがよく分からない。さらにレイジ達はあのワーキッシュからも依頼を受けている。彼女は盗賊ギルドの重鎮なのでそちらの思惑が働いているのだろうが、そもそも盗賊ギルドという存在がどういう役回りなのかレイジにもよく分かっていない。
 金貸しで質屋を営むワーキッシュが所属しているのだから、盗賊ギルドとは要するに裏社会の取りまとめ役なのだろうとは想像出来る。現代の日本に例えればサラ金などのグレーゾーンな金融会社や闇金などと言われる高利貸しに相当するのであろうし、そう考えれば日本の一大ヤクザ組織みたいなものだと考えればいいかも知れない。
 キャンベルはキバナへ早馬を走らせたが、騎士団が到着するまでに三日を要した。それまでに市内の捜索活動はあらかた終わらせており、傭兵達は捜索とは名ばかりの略奪行為に勤しんだのだ。レイジやエルフ達はその行為に加担する事は無かったが、メシェイラ達は率先して略奪を行った。
 略奪とは言っても市民はいないので、元の所有者もほぼ存在しない。だからこそキャンベルの命令で略奪が推奨され、またそうまでしなければ割に合わないとも言われている。
「どうだバリー。こいつは中々の銀細工だぜ。こっちの銀の食器もいいだろ」
 メシェイラがズタ袋から取り出してみせた品々は、殆どが銀製品であった。およそ10年間は放置されていた品々だったが、屋内で発見したものが殆どなのであまり腐食はしていなかった。一般的なイメージとして銀は腐食しないような印象があるが、実際は腐食は起こる。とは言っても銀の腐食は直射日光と硫化水素などのガスなどの反応により起こるので、日光の当たらない場所で保管されていればそれほど深刻な劣化は起きない。
 ちなみに硫化水素とは、火山の噴火口などから発生する卵の腐ったような匂いのするガスの事であり、日本では温泉卵で有名な箱根の大湧谷でよく聞く『硫黄の匂い』がそれである。実際には硫黄は無臭なので、この匂いは硫化水素の匂いなのだが。
「いやいやメシェイラ、俺が拾ってきたこのリューヌ金貨なんてコレクター垂涎(すいぜん)の一品だぜ」
 トニーが懐から取り出したのは一見するとただの金貨に見えたが、実は古代王国期に使われたと言われる古金貨の一種であった。古代王国期から続いたリュカリオンだからこそ見付けられた品であり、買い手さえつけばおそらく一番高価なシロモノだと思われた。
「オラはこのワインしか見付からなかっただよ」
 そんな二人に対してバリーはワイン樽を叩いてみせた。ワイン樽は人一人が抱えて持ち運べるようなものでは無かったが、バリーはどうにか転がして持ってきたのだ。既に樽の栓は開けられていて、バリーは地面に溢れたワインを気にする事なく拾ってきたグラスに注いで呑んでいた。実はこのワインこそが一番高値が付くほどのものだったのだが、生憎と彼らはそんな事まで知らなかった。
「……多分だけど、あのワイン結構いいものだと思うわ」
 それを見ていたリリーンネールがぼそりと呟いたが、誰もそれを気に留めなかった。エルフは山ブドウを使ったワイン作りに定評があり、リリーンネールはその知識があったのでワインの匂いを嗅いである程度の価値を測る事が出来た。


 プレシアス駐留軍として騎士団200名が派兵され、市内の中心部に幕舎(ばくしゃ)が設営された。指揮官として着任したギュンター卿によってキャンベル達傭兵隊長が招集され、レイジも一部隊の隊長という扱いで呼び出されており、今後についての作戦会議だと聞いていた。
「死者が蘇り、生者を襲い仲間を増やす、か。随分と厄介な話だが、それでも駆逐したのだろう?」
「たまたま火矢を使える部隊がいたのが幸いしましてね」
 ギュンター卿はゾンビの報告を受けてはいたが、あまり問題視してはいないようでキャンベルの補足にもあまり反応を示さなかった。ギュンター卿は40過ぎの口髭を生やした人物で、立派な造りの全身鎧を着込んでいた。
「ならば火矢を大目に用意させればいい。傭兵の数はまだある程度残っているのだろう? ならば前進あるのみ、だ」
 プレシアスを占領した事に気を大きくしたのか、ギュンター卿はリュカリオンの旧王都バンカーナックまで進軍するようにキャンベルに命じていた。しかしキャンベルはあまり乗り気ではないらしく、ギュンター卿の考えを改めさせようと反論を試みる。
「いやあ、火矢を用意するにも金がいりましてね。何ぶん我々は傭兵ですから、あまり懐事情がよろしくないんですわ。プレシアス市内の捜索活動もまだ残ってますし、正規軍の方から弓兵を出してもらえれば我々もやり易いんですがね」
 ロングボウを扱う弓兵は訓練が必要な事や装備にやたら手間がかかる事もあり、寄せ集めの傭兵団では殆ど見かけない。騎士団はあくまで貴族達による騎兵であり、弓兵は民兵から組織される。民兵団は普段は一般人であり、戦時にのみ徴兵される事から急遽増援として求めるのは難しい。キャンベルはそれを知っていて要求しているので、これは暗に進軍を拒否していると言える。
「うむ、しかし弓兵など集めなくても現在の戦力でやれるんだろう? その火矢を使える部隊がいるのだから、わざわざ増援はいらんだろう。それに偵察は必要であるし、バンカーナックを落とせないとしても進軍する意義はあるだろう」
「まあ偵察はしますが。しかし商業ギルドの依頼はクリア出来た訳ですし、これ以上はさすがに欲張り過ぎかと思いますがね」
「貴様の言い分も分からんでも無い。しかしプレシアスだけでは大貴族の儲けになるだけで、末端の若い従者達まではなかなか行き渡らん。貴様も分かっているとは思うが、傭兵団を支援しているのは彼ら俸給だけの貧乏貴族達だ。彼らの総意がバンカーナックまでの領地獲得なのだよ。よもや彼らの意思を無視する訳ではあるまいな?」
「……分かりましたよ。所詮我々は雇われの身ですからね。雇い主の要求には出来る限り応えますよ」
 結局、キャンベルはギュンター卿に押し切られる形で進軍に賛成せざるを得なかった。傭兵団の支援を貧乏貴族が行っていると言う話ではあったが実際に金を出すのは商業ギルドなどであり、例えば税関や関所などに従事する騎士が商業ギルドなどを優遇する事で一定の利権を確保しており、隊商の護衛などで戦力が必要な商業ギルドの為に利権貴族が傭兵を集めたという経緯がある。
「さて、聞いての通り、早速バンカーナックまで進軍しよう。そこでレイジ、お前の泥まみれ部隊が先頭に立ってくれないか」
 キャンベルからの突然の要請であったが、レイジは特に驚いたりはしなかった。
「構わないが、最も危険な役割をさせようと言うんだ。報酬を上げてもらいたいな」
「それはなるべく叶えよう。危険手当として日当二割増と言ったところだな」
 それから作戦会議はお開きとなり、レイジは仲間の元へと戻ってバンカーナックまで進軍する事を伝えた。
 バンカーナックまで続く街道は石材で舗装されており、荷馬車による移動が楽になるように配慮されていた。街道沿いには所々で廃屋が点在しており、かつては農地であったらしい荒れ地が広がっていた。時々そういった廃屋からゾンビが現れて行く手を阻んだが、数は多くなかったので泥まみれ部隊は楽に迎撃出来ていた。
 やがて二日間の道程が経過し、バンカーナックが目視出来る距離にまで来ていた。かつては王都だった為か大きな石造建築物が多く立ち並び、キバナを上回る規模の城壁が周囲を取り囲んでいた。既に滅亡した国家ではあったが、その規模の大きさはかつての栄華を感じさせるものだった。
「しかし、ここまでゴブリンはついに見なかったな」
 バンカーナック郊外に敷かれた自軍陣地で、レイジはこれまでの事を思い返していた。ゴブリン軍によって滅亡し、その勢力圏にある筈なのにゴブリンの姿を見ないのはおかしい。代わりに出現したのはゾンビなどという得体の知れないものであり、これがゴブリンとどう関係しているのかが分からない。
「アングレム帝国にとってリュカリオン領はただの緩衝地帯なのかも知れないわね」
「どういう事?」
「メルトランデ大公国などの人間国家と当面は事を構えるつもりが無いって事よ。これがリュカリオンを完全に版図に加えてゴブリン族が移住した場合、完全に領土を接する事になって衝突が増えるでしょ」
 リリーンネールはレミュエールにアングレム帝国の思惑を解説してみせた。ただレミュエールはあまりピンと来ないのか、何か納得がいってないような顔で聞き返す。
「じゃああのゾンビって何?」
「……それは私にも分からないわよ」
 これにはさすがにリリーンネールも明確な答えが返せなかった。そもそもゾンビという単語自体がレイジの口から出てきたもので、この世界にはそんな存在は今まで全く知られていなかったのだ。レイジにしても単に一番しっくり来る単語を選んだだけであって、実際には地球で一般的に言われているようなゾンビとは根本的に違う存在である。本来ならば『ケイ素生物』と言えばいいのだが、この単語の意味する存在とも少々かけ離れているので難しい。
 キャンベルの命令により泥まみれ部隊を先頭にしてバンカーナックへの侵攻が開始され、レイジは先頭に立って周囲の警戒をしながら城門を潜り抜けた。今のところ何も生物の反応は無く、無人の都市を吹きすさぶ風の音が耳に響くだけだった。
「……ゾンビの存在は動き出してからで無いと感知出来ないからな。まずは死体が無いか捜索してみよう」
 レイジはとりあえず手近な廃墟に入ってみる。そこは何かの施設だったらしく、巨大なホールに沢山の死体が横たわっているのが見えた。
「よく考えてみればおかしい。10年も経つのに、この死体は腐乱した肉がかなり残っている。普通ならとっくに白骨化している」
「……言われてみれば」
 レミュエールはレイジの指摘を聞いてはっとした顔をする。
「よし、火矢を射かけてみよう」
 レイジの提案により、エルフ兵は油をしみ込ませた布切れを巻き付けた矢を取り出す。キャンベルによって用意された急造品ではあったが、魔法はなるべく温存しておきたかったのでありがたく使わせて貰う事にした。
「大気に宿る魔力(マナ)よ。塵を擦り火種を与えたまえ」
 レミュエールが簡単な呪文を唱えると、布切れに小さな火種が生まれる。火矢の一つを松明代わりにしてエルフ兵が各々の矢に火を点けていき、死体に対して一斉に火矢を放つ。
 ヒュボッ!
「見て!やっぱり動いたわよ!!」
 一人だけ弓矢を持たないリリーンネールが、起き上がってきた死体を見て声を上げる。魔法の炎と違って火の威力が足りないのか、一本の火矢だけでは全身を焼くだけの炎ではない。それならば大量の火矢を用いて飽和攻撃を仕掛けるのが定石なのだが、エルフ達はそんなに多くの矢を携行してはいなかった。一人につきせいぜい12本程度であり、これらの矢は彼らエルフが自力で作って用意したものだった。
「……しかし意味はある。バリー、サイフォンを用意してくれ」
「やっと降ろせるだよ」
 レイジの声でバリーが背中に背負っていたブロンズ製の容器を床に置く。
「これ何に使うもんなんだ?」
 メシェイラはバリーがずっと重そうに担いでいた容器が何なのか気になっていたのだが、今まで酒でも入ってるんだろうと勘違いしていた。
 キャンベルと交渉して一時的に借り受けたものらしいが、油の入ったブロンズ製のタンクと蛇口、手で回すハンドルが付いたよく分からない装置だった。現代の地球ではサイフォンと言えばコーヒーを抽出する器具として知られ、これらの装置はこだわりのコーヒーを出す喫茶店などで見掛ける事が出来る。実際はコーヒーサイフォンとは大きさも細かい仕組みも違っているのだが。
「こいつは液体を圧力で噴霧させる。ハンドルを回せば木の樹脂を混合した油を噴射する仕組みになっている。何でも城攻めに使うらしいぞ」
 レイジがハンドルを回すと備え付けられた蛇口から油が噴射され、15メートル近く離れたゾンビの集団に降り掛かっていく。すでに火矢が突き刺さっているところに霧状の油を浴び、一気にゾンビ達の全身が燃え上がった。
「おおっ!すげえ!!」
 木から抽出した樹脂と混合された原油は、燃えると摂氏1000度の高熱を生む。これは短時間でゾンビを燃やし尽くすのに充分な威力を生み、レイジ達は100体近いソンビを短時間で殲滅する事が出来た。
「さすがに屋内で火を使えば熱いし息が出来なくなる。さっさと他に行こう」
 レイジの判断でその場から離れ、泥まみれ部隊は他の場所を見て行く。いくつかの建物内で似たような状況に出くわしたが、その都度サイフォンと火矢の組み合わせでゾンビを駆逐していった。他の傭兵達は既に城へと突入しているらしく、街路を慌ただしく走る足音が聞こえていた。
「おい、俺達ばかりゾンビ退治してたら城に乗り遅れちまうよ。いい加減あっち行こうぜ」
 やはり略奪の中心は場内になるからか、メシェイラは他の子供達を率いて城へと向かおうとした。ゾンビ退治はレイジとエルフ兵に任せればいいし、自分達は槍を持って突っ立っているだけだったので構わないだろうと考えた。
 しかしその矢先であった。
「た、助けてくれーッ!!」
 血相を変えて一人の傭兵が逃げ出して来た。一体何が起きたと言うのだろうか。
「何か出て来るぞ!全員槍を構えろ!!」
 何やら場内から地響きのような音が轟き、メシェイラは慌てて仲間達と共に槍を突き出して防御姿勢を取った。
 バコッ!!
 大穴の開いた城壁の中から、巨大な何かが飛び出して来た。既に内部で衝突していた傭兵達が、その巨体に吹っ飛ばされてメシェイラ達の前で転がっている。
「なッ!何だありゃあ!?」
 それは巨大な蟹のようであった。
 全高およそ3メートル程もある蟹に似た何かが、傭兵達を蹴散らしていた。それが本当に蟹なのかは分からないが、少なくとも外見は蟹によく似ていた。巨大な両手の鋏は人間一人の胴体を掴める程で、事実今も傭兵を二人挟んでそのまま圧殺してしまった。
「っ!とにかく近寄らせるなよっ!!」
 しかし一応、パイクのリーチでギリギリ蟹を抑え込む事が出来そうだった。メシェイラ達が槍ぶすまを形成して蟹の接近を阻むと、他の傭兵達がその後ろへと逃げて行く。
「あいつら!逃げるんじゃねえ!!」
 城壁の大穴を挟み、屋内と屋外で蟹と槍の押し合い合戦になってしまう。メシェイラ達は長大な槍のリーチが邪魔していて屋内に入るのは難しく、蟹も横幅があるので動きが制限されているようだった。槍で蟹を何度も突くが硬い甲羅に阻まれ、決定的な傷を負わせる事が出来ない。対して蟹は両の鋏を使って槍を挟み込み、そのままへし折ってしまう。
「やべえな……このままじゃ槍が折られていく!」
 一本一本確実に槍を折られ、メシェイラの顔に焦りの色が浮かぶ。槍が折られても残った柄だけで何とか牽制しようとする者もいるが、蟹にダメージを与えられないのでは話にならない。
「そのまま槍を構えていろッ!!」
 突然、背後からレイジの声が飛ぶ。何事かと思った瞬間、目の前の槍ぶすまの『上に』レイジが着地していた。
「ええええええッ!?」
 メシェイラ達の構える槍の上、二本の柄の上を足場として柔らかく着地したレイジがさらに柄を踏み台として飛び上がった。
「キシャアアアアッ!!」
 蟹の飛び出した両目がぎょろりと動いてレイジの姿を捉え、両側に鋏のような牙が生えた口から泡を吹き出しながら耳障りな雄叫びを上げる。レイジは空中で真横の体勢になり、横姿勢のまま高速で何度も縦回転しつつ左の鞘から刀を抜く。
「シッ!!」
 ドシュッ!!
「ギシャアアッ!!」
 レイジの放った縦回転の一撃は蟹の甲羅を真ん中から叩き斬り、一撃で蟹の身体の半分近くを両断してしまう。しかしさらに回転は続き、二度目の剣撃が完全に同じ場所を通る。一度通った刃筋は二度目の剣筋を容易に貫き透し、蟹の硬い甲羅を真っ二つにしてしまった。
「……おいおい、人間やめてねえか?」
 レイジの人間離れした動きを目の当たりにし、メシェイラは呆然として呟いた。
 ズシン!
 体液を撒き散らしながら両断された身体が分たれ、地面にそれぞれ落ちる。レイジは地面に四つん這いの格好で着地していたが、すぐにその場で回転して刀を振るう。
 ドシュッ!!
 再度放たれた一撃が、奥から現れた新たな蟹の手を斬り飛ばす。それを見たメシェイラが我に返る。
「うわっ!まだいやがるのかよ!!」
 内部には相当数の蟹が群れを成しており、中に入るのは無謀だと思われた。しかし何を思ったのか、蟹の群れは突然退いていった。
「……何だ? 一体何があったんだ?」
「他の部隊が別のルートから城内深くに侵入している。大方そちらの方に向かったんだろう」
 困惑していたメシェイラにレイジがそんな説明をする。どうやらこちらで蟹と戦っている間に、手薄になった内部に侵入した部隊がいるようだった。
「ったく、なんでガキの俺達ばかり戦わされるんだかね。傭兵ってのはアレか? 他を出し抜いて要領よく立ち回るヤツが生き残れるって事なのか?」
「何でもそういうもんなんだろうなぁ」
 メシェイラの愚痴にトニーが適当に相槌を打つ。
「むしろ好都合だ。この隙に地下へ向かうぞ」
「……何で地下なんだ?」
「地下に大きなエネルギー反応がある。何かあるとしたら地下が本命だ」
 レイジが突然妙な事を言い出すので気になって問うメシェイラであったが、それに対して返ってきた返事を聞いてもまだよく分からない。
「そうかよ。しかし城内じゃ槍は使えないぞ。どうすんだ?」
「ここで待ってろ。中に入らなければ槍が使えるんだから、より安全だろう」
「冗談だろ? お宝は城ん中に決まってんじゃねえかよ。俺も行くよ」
 レイジが待機するように言い、それをメシェイラが拒否する。他の子供達も中に入るなどと言い出し始め、渋い顔でレイジは皆を見回す。
「……さっきの化物が出たら、槍が使えないお前達は対処出来ない。それでも来たいのならせめて人数を絞れ。代表でメシェイラ、トニー、バリーの三人だけ来い。三人の槍は他の槍を折られたヤツに渡せ」
「ちっ、分かったよ」
 レイジの言い分にメシェイラ達は渋々同意し、三人は槍を他の子供達に手渡した。予備武装のショートソードを抜き放ち、レイジを先頭に中に侵入する。大穴の中は大きな部屋になっており、古びた調度品類が破壊されて床に散乱していた。扉を開いて廊下に出ると、そこはかなり広々とした石造りの回廊となっていた。
「こっちだ」
 レイジは迷う事無く左へと進んで行く。途中いくつかの分かれ道があったが、その度に迷わず左折していった。やがて城の離れた場所に建っていた尖塔の中に入り、階下に続く螺旋階段を降りる。さすがに暗いのでエルフ達が持っていた火矢で松明の代わりとする。
「……なんかこの階段、すっげえ下まで続いてねえか?」
 階段を降り始めて20分が経ち、さすがに時間が掛かるので手すりから下を覗いてみる。しかし階下はただ暗闇が広がるばかりで全く見通せず、何処まで下に続いているのか見当が付かない。しかし一時間もするとようやく明かりが見え始め、それどころか少々暑い気がする。
「……なんだか随分と暑苦しいな」
 メシェイラは下から吹き上げて来る熱風に顔をしかめ、袖で顔の汗を拭う。ようやく階段が終わると下は剥き出しの岩肌で、周囲を見渡せば巨大な鍾乳洞のようになっているのが見てとれた。そしてその奥からは何やら赤い光が漏れてきており、同時に熱風が肌を炙っていく。
「この先だ」
 レイジは迷う事無く先を歩くが、レミュエールもリリーンネールも何だかよくない気配を感じていた。
「……何だか気持ち悪い」
「私もよ。なんて言うか、生理的に受け付けない感じ」
 二人のよく分からない言い分にメシェイラは首を傾げたが、あのレイジが大丈夫なら問題は無いだろうと後に続いた。別にレイジは大丈夫だなどとは言っていないのだが、メシェイラ達はここまですんなり来れた為に少々勘違いをしていた。
 やがて辿り着いたのは鍾乳洞の奥深く、広大な空間に何かを祭った祭壇があった。そして地面は所々に穴が空いており、下では溶岩がドロドロと渦巻いていた。祭壇の上に置かれた石造りの椅子に何者かが座っている。
「……新たな炭素生物を目視確認。内一体については参照出来る情報が無い。至急、情報群の更新を要求する」
 何を言っているのか意味がよく分からない。少なくともこの場にいる殆どの者には理解が出来なかった。
「何だありゃあ……干からびたゾンビか?」
 そこにいた者は、まるで干からびた死体みたいな者だった。骸骨のような顔に王冠を乗せ、黒い外套に身を包んでいた。手や足は皮と骨だけといった有様で、ここまでくるとゾンビよりはマシに見えてくる。
「お前は何者だ」
 干からびた死体に向かってレイジが問う。
「我は不死の王なり。古代王国の知識を継承する者なり。我が研究を邪魔する者共よ、我が実験の礎となるがよい」
 不死の王。
 それはファンタジーの物語に登場する、リッチと呼ばれる存在に酷似していた。魔術を極める為、己の身をアンデッドと化して不死を実現した者を言うらしい。しかしレイジにはゾンビと同じく、ケイ素生物と化したロボットみたいな存在として認識された。
「ッ!みんな後ろへ下がれ!!」
 不死の王が人差し指を突き出し、それと同時にレイジが叫ぶ。それを聞いて皆は慌てて下がるが、警告を発した当の本人はその場で踏みとどまっていた。
「……大気に漂う魔力(マナ)よ。稲妻となりて敵を討ち滅ぼせ」
 バチッ!!
 指先に凝縮された電荷が激しく明滅し、爆発的なエネルギーの奔流が稲妻となってレイジに襲い掛かる。当初、弱い光が発光し、次に激しい光が発生した。それを見て目が眩み、レミュエール達は咄嗟に目を閉じてしまう。
「今のは雷撃の呪文!炎球に匹敵する高等魔術よ!!」
 不死の王が使った術を見てレミュエールがそれを説明する。その場にいた者全てが雷撃の呪文によってレイジが死んだのだと考えていた。
 しかし。
「……バカな」
 掠れた声で不死の王が呻く。
 一体何事なのかと皆が目を開けると、その場の光景に驚愕する。
「……いつの間に後ろへ回ったんだ?」
 メシェイラは見たままをそう評した。
 レイジは雷撃の呪文をギリギリまで引き付け、本来避ける事の不可能な雷撃を避ける。雷撃の呪文が生み出す放電現象は人間の肉体が導体である事で放電の方向を誘導する事となり、必ず人体に向かって飛ぶようになっている。電気の通り道を形成するのが雷撃の呪文の仕組みであり、この過程を先駆放電と呼ぶ。大地からはそれを迎える先行放電が起こり、両者の結合によって放電現象が発生する。電気の通り道が出来、放電が開始される事を帰還雷撃と呼ぶ。
 つまり標的はレイジであったが実は不死の王の指先から大地に向けて放電されているのであり、その放射線状にいる人体は導体なので電荷が誘導されて直撃を受けるという仕組みである。この時の雷撃のスピードは毎秒150キロメートル/秒というもので、これは光の早さに比べれば数十分の一の速度である。これを回避するのは目で見てからでは圧倒的に遅く、レイジは大地側の先行放電が始まる一瞬を捉えてそれよりも早く不死の王に接近したのだ。
 結果的にどうなったのか。
 不死の王の伸ばした指先よりさらに内懐へと踏み込みそこで急反転、一気に背後へと回り込む。不死の王の認識が追い付く頃には、既にその首は斬り落とされていた。バカなと呟いた時、既に首は地面を転がっていたのだった。
 脳より与えられる指令が無くなり、不死の王の肉体は塵となって熱風に飛ばされていった。
「……認識完了。剣の霊と判断される。『剣の神』の眷属。我らが神の敵対者である」
 そこまで口にし、地面に落ちた首は塵となって消えてしまった。その声を聞いていたレミュエールは首を傾げていた。
「……今のはどういう意味だったの?」
 しかしそれに答える者は一人もいなかった。


第十四話・死者蹂躙
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