Sick City

第一章・盗賊戯曲

 広大な面積を誇る牧草地帯に伸びる一本の街道に沿って、いくつかの岩が突き出ていた。その岩陰から眼前に広がる草原を見ると、ちらほらと放牧された牛が草を食んでいた。
「おうおう、いるいる。羊じゃなくて牛だよ」
 小汚い格好をした、小柄で細身の身体が岩陰から身を乗り出す。鳶色の瞳が遠くの牛を凝視しており、ぎらぎらと熱っぽく見詰めている。
「よだれ出てんぞ、メシェイラ」
「おっと、いけね。まだ気が早いってか」
 横にいた背の高い少年に諌められ、悪戯っぽく笑う。汚れてはいるが中性的な顔立ちは整っており、笑うと妙な愛嬌がある。メシェイラと呼ばれた少年は顔を綻ばせ、背の高い少年のさらに後ろへと振り返る。
「バリー、お前すぐに皆を呼んで来いよ。さすがに三人だけじゃ牛一匹運ぶのはキツいぜ」
 バリーと呼ばれたのはずんぐりとした体型の、歳に似合わない厳つい顔の少年だった。
「おらぁ、あんま足早くねえだよ」
「いいから行けデブ。お前は走って少し痩せろ」
「わ、わかっただよ」
 愛嬌のある顔とは裏腹に人を小馬鹿にしたような言い方をするメシェイラであったが、バリーは顔に似合わず大人しい性格らしく、素直に言う通りにする。どたどたと不器用に走って仲間を呼びに行くバリーを見て、背の高い少年が苦笑いを浮かべる。
「一番足早いのメシェイラじゃないか。全く意地悪なヤツだな」
「いいんだよトニー。バリーは俺に使われて喜んでるんだから」
 しばらく牛を眺めながら待っていると、バリーが仲間達を連れて戻って来る。『獲物』を探して牧草地に散っていた子供達。その数はメシェイラ達を合わせて総勢で40名にもなる。
「よし、来たなお前ら。久しぶりのご馳走が目の前にいる。でも牛追いって言う厄介な見張り番が近くにいる筈だ」
 メシェイラの説明に子供達はひそひそと小声で囁き合う。牛の肉は確かにご馳走だったが、牛一匹を盗むのは簡単な事ではなかった。
「そこでだ。まず牛追いを誘き出して注意を引く。その隙に牛をかっさらう。トニーは皆を連れて牛追いの方を頼む。俺とバリーで牛を誘き寄せる」
「どうやるだ?」
「あいつら、棒で引っ叩いたってなかなか言う事聞かないからな。餌をちらつかせて誘き寄せるんだよ。この前、隊商からちょろまかしたエール酒があったろ。アレを飲ますんだよ。あいつらグビグビ飲むんだぜ」
 バリーの疑問に面白そうな顔で答えるメシェイラ。その説明を聞いて少年の一人が悲鳴を上げた。
「待ってくれよ!誰がエールを取って来るんだよ!!」
「安心しろ。それはバリーの役目だ」
「えええええ!?」
 またもや使いっ走りにされてしまうバリー。それを見て仲間達が笑う。
「ほどほどにしといてやれよ。イジメがどうとか文句言って来るオバさんがどっかから来るぞ」
「いいんだよ。だって一番喰うのはバリーなんだから」
「そりゃそうだ」
 どっと笑いが巻き起こる。
 その後まんまと牛一頭をせしめる事に成功した彼らは、久しぶりのご馳走に大いに満足したのだった。


「んで、あいつらか。殆どフード被ってて顔が見えねえな」
 メシェイラは仲間の一人からの報告を受け、小高い丘の上から街道を眺めていた。20人程の集団がやって来るとの報告で見に来たのだが、先頭を歩く男が少し目立つ程度であった。
「変わった格好してんな。それに旅人にしては妙に軽装だ。荷物なんて殆ど持ってないな」
 男は見た事の無い服装をしており、遠目で見る限りは腰の後ろに小さな物入れをベルトで下げているくらいで、旅姿には到底見えない。他の者達もフードとマントで全身が覆われているので細かい事は分からないが、あまり大きな荷物は持っていないように見えた。
「こりゃあ外れかな。とは言え、金くらいは持ってるだろ。よし、みんなを呼んで来てくれ」
 メシェイラは少し迷ったが、あの程度の数なら全員で囲めば問題無く追い剥ぎが出来ると考えた。仲間を集め、街道の先に回り込んで半数を率いて待ち伏せをする。やがて20人の集団と鉢合わせになり、後ろから残りの半数が飛び出て周りを取り囲む。
「よおよお旅人さん達。この道は俺らが毎日奇麗にしてんだ。おやおや、歩いて足跡付いちまってんなあ? 汚されたとあっちゃあ奇麗にしなきゃなんねえな。ってな訳で、通行料をいただこうか?」
 メシェイラの啖呵を前に、先頭の男の後ろからフードを被った一人が声を出す。
「人間って道の掃除で旅人からお金を取るものなの?」
「そんな訳無いだろ」
 どうやらフードの人物は女のようで、男は変わった顔立ちをしていた。近くで見れば、明らかにこの島の人間とは違う人種だと分かる。しかし何処の出身なのか、さっぱり見当が付かない。彼らリュカリオンの子供達は盗賊などという生業をしている為、実に多くの人間達を見てきたつもりではあった。それでもこの目の前の男と同じような人種は、この島にはいないと断言出来る。
「お前、この島の人間じゃないな? って事はお前ら全員、大陸から来たのか?」
 メシェイラは好奇心でついそんな事を聞いてしまう。追い剥ぎをしているのだからそんな事を聞いても意味は無いのだが、まだ歳若いせいか好奇心が旺盛であった。しかし男は逆に問い返してきた。
「お前達も随分と若いな。まだ子供じゃないのか。子供の追い剥ぎとは随分と殺伐とした世の中だな」
「別にどうでもいいだろ。俺達の事を知らないみたいだな。リュカリオンの子供達って呼ばれて、それなりに有名なんだけどな」
 そんなメシェイラの言葉を聞いたフード姿の一人が、何かに驚いたような声を上げる。
「リュカリオンですって? 人間達の滅んだ魔法の国じゃないの」
「……人間達? 何だこいつら。変な言い方だな」
 どうも普通の旅人では無いらしい。大陸から来たばかりだと仮定すればリュカリオンの子供達を知らないのは説明が付くが、人間達がどうのという言い方は何だかおかしく感じる。まるで自分は人間では無いような物言いだからだ。
「……まあいい。とにかく金を出してもらおうか?」
 しかしメシェイラはそこで考えるのをやめる。彼らが何処から来て何者であるかなど、追い剥ぎをする上で関係が無い。先頭の男は困ったような顔で後ろのフード姿に話し掛ける。
「どうやらこの連中は金が欲しいらしいが、どうする?」
「リュカリオンの戦災孤児のようね。身の上としては私達と似たようなものだけど、だからと言ってお金なんて無いわよ」
「急いで出立して来たから、お金になりそうなものなんて殆ど無いしね」
 何やら相談しているが、その声は小さくてよく聞こえない。子供達と呼ばれてはいるが、年長者ともなれば10代半ばも過ぎていて身長だけなら大人とそう変わらない者も多い。人間の普通の旅人や行商人ならばさすがに怯むところが、このフードの一団は全く動じていない。呑気に目の前で相談などするくらいの余裕がある。比較的楽天的な性格のメシェイラであったが、さすがに僅かばかりの不安を感じ始めていた。
「……俺達がガキだと思って、舐めてやがんな? これでも、結構な修羅場を潜り抜けて来てるんだぜ?」
 そう言うと懐から短剣を取り出す。別に人を殺した経験がある訳では無かったが、それでも戦争を生き延びて人の生き死にを見て来た。今日を生きる為の盗賊家業ではあったが、脅しすかしは日常茶飯事。危なくなれば即退散。
 しかし目の前の男は刃物を出されても、特に怯えたようには見えなかった。それどころか警告さえしてくる。
「やめておけ。絡んで来る程度ならば笑って済ます事も出来るが、刃物を出したとあれば言い訳は出来ないぞ。殺し殺される覚悟があるのだと、そう受け止めるしか無くなるぞ?」
 妙に肝が据わっている男だとメシェイラは感じていた。もしかしたら強いのかもとも思ったが、相手はどう見ても丸腰だった。しかし後ろのフードの一団は、もしかしたらマントの下に何か武器を隠し持っているかも知れない。そう考えてどう出ようかと躊躇していると、仲間の一人が棍棒を振り回して近寄っていく。
「へっ!こいつ何言ってんだ? いいからさっさと金出せよ!!」
 殺すつもりは無いのだろう。仲間の少年は男の腹目掛け、横から棍棒を振るった。
 しかし。
「へっ!?」
 どすん。
 男の姿が一瞬、消えたかのように見えた。仲間の少年の影に隠れて見えなくなったのか、次の一瞬に少年の手を掴み、少し捻っただけで少年の身体が宙に投げ飛ばされたように見えた。くるん、と空中で一回転して街道に倒れる。うつ伏せになった少年の背に乗り、組み伏せる。
「いてっ!いてててて!!」
 少年は男に手を後ろに捻り上げられ、肩の間接も極められていた。しかしこのような技術が存在しない世界なので、男が何をしているのかさっぱり分からない。分からないが、仲間が取り押さえられているのは理解出来る。
「て、てめえ!!」
 それを見て激昂したもう一人が、短剣を振り上げて襲い掛かる。しかし男は少年の背中に乗ったままで、もう一人の手を取って投げ飛ばす。
「うわっ!?」
 再びくるんと一回転して倒される。事前に組み伏せていた少年との立ち位置を巧妙に入れ替え、もう一人をその背の上に倒し、二人まとめて組み伏せる。メシェイラはまるで魔法でも見せられた気分であった。
「さて、まだやるのか?」
 男は短剣を取り上げて片手で弄ぶ。どうやったのかは知らないが、もう片手で一人の手首を極め、さらにもう一人の腕の間接を足で極めていた。もしもここに地球人がいて、合気道を知っていれば何が起きているのか理解出来ただろう。しかし生憎と、この場に男の技を理解出来る者はいない。
「こっ、こいつ!」
 メシェイラは男に組み伏せられている仲間を助けようと隙を伺うが、一歩踏み込んだところで動けなくなってしまう。座っている相手というのは意外に攻めにくいもので、まるでこちらの攻撃を誘っているように見えて躊躇してしまうのだ。攻撃箇所が低い位置にあるのも難しい理由の一つで、的が小さくなって低い位置になる為に攻める側は攻撃が単調になり、座って防ぐ側は予測がし易くなる。
 迂闊に手を出せずに睨み合いになっていると、フードの一団から一人が進み出て来て何やら本を掲げる。
「……大地に眠る甘美なる雲。酔わせ、笑わせ、眠らせよ」
 突如、周囲に甘い匂いが充満する。たちまち強烈な眠気に襲われ、メシェイラは大地に片膝を付いて必死に眠気に抗う。
「うっ、くっ!これは魔法!?」
 魔法王国リュカリオン出身であるメシェイラはすぐにこの現象の理由に気付くが、既に呪文の効果は現れてしまっている。仲間達は次々と睡魔に負けて倒れていき、朦朧とする意識の中でメシェイラは術者の顔を見る。
「……え、エルフだと?」
 フードを脱いで露になったのは、長い耳を持った長い金髪の少女の顔だった。そこでメシェイラの意識はついに途切れた。


「レイジがいきなり眠りの魔法を使え、なんて言うんだもの。失敗しちゃったらどうしようかと思っちゃった」
 フードを脱いでほっとした顔を浮かべたレミュエールがレイジの横に並ぶ。
 レミュエールが使ったのは、古代魔法の中でも初歩の初歩ともされる『眠り雲』の魔法であった。成分としては地中の微生物が分解して発生する亜酸化窒素であり、元々大気中に僅かに含まれているので濃度を操作する事によって催眠効果を発揮する。雲と名付けられてはいるが無色透明の気体であり、甘い匂いがするだけなので気付かれにくい。
 ただ量を間違えると死に至る危険もある成分なのだが、レミュエールにはそこまでの知識は無かった。単に眠りの効果のある魔法、とだけ本に記述されていたからだ。これが致死量まで達したものを用いると『死の雲』と呼ばれる上位魔法になるのだが、それもレミュエールはまだ知らない。
「亜酸化窒素、とか言っても誰も分からないんだろうな」
「うん? 何だって?」
「何でも無い。気にするな」
 レイジの呟きにレミュエールは問い返すが、レイジはいつもの様にはぐらかす。時々こういった不思議なやり取りが発生するので、レミュエールもわざわざ問い質すような事はしなくなっていた。
 組み伏せていた二名から離れたレイジは周りを見回す。
「誰かロープか何か持ってないか? 今のうちにこいつらを縛り上げてしまおう」
 その声にもう一人がフードを脱いで答える。
「さすがにロープなんて持って来ていないわよ。幸いこの辺りは草が生えているから、精霊に働きかけて束縛する事は出来るけどね」
 リリーンネールの言葉にレイジはしばし黙考する。
「誰かが通るとは思えないが、こんな道のど真ん中でいつまでも立ち止まってる訳にもいかないな。あの丘の辺りに放棄された砦跡がある。少し骨は折れるが、こいつらをあそこまで運んでしまおう」
 レイジの提案に従い、この歳若い盗賊達を運ぶ事にする。まずはドライアードの力によって手足を拘束、二人一組となって子供一人を運ぶ。20名で40名を運ぶのだから、合計四回も往復しなくてはならない。
「しかしこの砦跡はやけに生活臭がするな。もしかしてこいつらが使っているのか?」
 砦跡はかなり破壊されていて砦としてはまともに機能しないようだが、一応天井がある事から野営の跡が見られる。彼らリュカリオンの子供達は定住してはおらず、こういった砦跡や洞窟、遺跡跡などいくつかの場所をその時々で使い分けていた。
「だからと言って、私達エルフが住めるような場所ではないわよ。さて、どうやら全員運び込んだみたいね。これからどうするの?」
「こいつらが起きたらとりあえず情報が欲しいな。エルフは人間の国には詳しく無いんだろう?」
「新しく生まれてはまた消えて行くからね。一々覚えてらんないわよ」
 レイジとリリーンネールのやり取りを見ていたレミュエールが捕らえた子供達の中の一人、メシェイラが目を覚ますのを見ていた。
「あ、目覚めたみたい。呪文の効果は30分くらいなのね」
「……う、ううん? あれ、何だお前……ってそうか、捕まったのか」
 目を覚ましたメシェイラが、目の前でかがみ込んでこちらを覗いているレミュエールに気付く。
「うわっ!何でエルフがこんなところにいるんだよ!!」
「えっと、ハーフエルフなんだけど言っても分かんないよね」
 エルフ自体が人間にとっては珍しい存在の為、ハーフエルフなどはもっと珍しい。しかし外見的にはエルフと殆ど見分けが付かない為、エルフ自体を初めて見たメシェイラには違いなど分からなくて当然であった。
「ん? 俺の仲間達はどうしたんだ?」
 気付いて周りを見渡すと、仲間達の姿が見えない。どうやら近くの砦跡の中に連れ込まれたようだが、手足を何か草のようなもので縛られ、壁に吊るされてしまって身動きが取れない。
「他の連中は外に転がしてある。まずはお前から話を聞こうと思って一人にしたんだ」
 メシェイラの前に立つのはあの男と、二人のエルフ女。他にもフードの連中がいた筈だったが、どうやら仲間達の監視でもしているらしく、この場にはいない。
「へえ、こんな追い剥ぎ一人捕まえて、一体何を聞きたいってんだ?」
 捕まっているという状況で強気な態度を取るが、内心は不安で包まれていた。この男が何を考えているのか全く分からない。変なヤツに手を出しちまった、などと思う。
「まずはお前の名前を聞こう。俺の名はレイジだ」
「……メシェイラだ」
 何を聞くかと思ったら、まずは名を聞かれて拍子抜けしてしまった。てっきり財宝を何処に隠したかとか、蓄えた食料は何処にあるかとか聞かれるかと思っていたのだった。
「よし、メシェイラ。まずはここから一番近い人間の国の事を教えてくれ」
「……は?」
 そんな事を聞かれ、思わず絶句してしまう。こいつも一応人間だろうに、どうしてそんな事も知らないんだと思ったからだ。微妙な表情をしていたのを見て何か感じ取ったのか、レイジは取り繕う様に話を続ける。
「いや、見ての通り俺はこの辺りの出身では無いからな。それに他の者は皆エルフだ。人間の国の事なんて殆ど知らないんだよ」
「……まあ、別にいいけどよ」
 メシェイラは何か変だなとは思ったが、それ以上は聞こうとは思わなかった。別に聞いたところで自分とは関係が無いし、こちらは捕われの身。薮を突いて蛇が出て来たりしたら、たまった物ではない。
「ここから一番近いのはメルトランデだな。メルトランデ大公国。何でも大公を名乗る枯れたジジイが愛人にそそのかされて独立したとか言う、何とも名前負けしてる国なんだけどな」
「独立? 元の国があるのか?」
「あった、って言う方が正確だな。リュカリオンがアングレムに滅ぼされた後、隣国のフォークハウト王国って国で内乱が起きたんだ。それが分裂して、その中の一つがメルトランデだ」
 そこまでを聞いて何か思い至ったのか、リリーンネールが口を開く。
「そう言えば一頃、塩の値段が上がったとか何とかで行商が騒いでたらしいわ。戦争があったからだって言ってたから、多分その時の話ね」
「行商? 人間との交易が一応あったのか?」
「無い無い。エルフは塩の買い付けをする時にだけ、素性を隠して人間の国へと限られた者だけが行ってたのよ」
「なるほど」
 エルフは人間と違って肉は食べないが、塩は必要である。エルフも生物なので当然なのだが、塩分は必須な栄養素である。しかし塩の生産は主に岩塩の採掘か海水の乾燥によって得られるものなので、エルフが住んでいた森では滅多に手に入らないものであった。
「お前達はそのメルトランデとか、その他の国とかには住まないのか?」
 レイジのそんな問い掛けに対し、メシェイラは苦虫を噛み潰したような険しい表情で答える。
「住んでたさ。でも身寄りの無いガキなんざ、居場所なんてねえよ。働こうとしても下働きでこき使われた挙げ句にピンハネされ放題、街中を出歩きゃあ奴隷商人にとっ捕まって変態貴族に売られちまったり、ロクなもんじゃねえよ」
 それを黙って聞いたレイジは特に何も言及する事無く、話を続ける。
「ではエルフの森が滅ぼされたのは知っているか?」
「……初耳だぜ。そういえば最近は、ここら辺でもゴブリンを見かけるようになったな。ゴブリンにやられたのか?」
「そうだ。エルフの森の北はドワーフ族の山だそうだが、そちらに攻めるとは思えない。おそらく、この空白地帯を真っ先に占領するだろうな」
「……マジかよ」
 その話を聞いて、メシェイラは暗鬱とした気持ちを抱く。かつてリュカリオンの戦火に巻き込まれて逃げ延びた身としては、再び戦火に巻き込まれるのはご免であった。また自分達の盗賊家業に直結する問題でもあった為、今後の身の振り方にも影響のある話だった。
「私達は新たな森を探して旅をしているのよ。どこかにいい森は無いかしら?」
 リリーンネールの言葉通り、生き残ったエルフ達は移住先を探す事にした。120名程のエルフが生き残ったが、志願者20名で旅をしている。他のエルフは、ドワーフの支配地域である北の山岳地帯にあるという山林に向かった。ドワーフに見付かれば追い出されるだろうが、彼らは滅多に鉱山の外には出て来ないので一時的な避難先として当分は大丈夫だろうとの判断であった。
「森ねえ……そりゃあ、そこら中にいくらでもあるんだろうけど、殆どは貴族様の持ち物だぜ? 誰の所有物でも無い土地なんて、聞いた事ねえな」
「……そう」
 メシェイラの答えはおおよそ予想出来たものではあったが、改めて聞かされると残念でならない。
「やはり土地を所有するしかないだろうな」
 レイジが唐突にそんな事を言い出し、メシェイラは仰天して大声を上げた。
「はあ!? お前、ばっかじゃねえの!? 土地を所有出来るのは貴族だけだっての!その土地も、殆ど所有されちまって空きなんてねえよ!」
「ならば貴族にでもなるしかないだろうな」
 再びそんな事を言い出すものだから、メシェイラはさすがに呆れてしまった。
「いや、お前さあ……まあお前がどう考えようが、俺の知ったこっちゃねえや。俺には全く関係無いし」
「関係無くは無い。お前も一緒に来い」
 さらにとんでもない事を言われ、メシェイラはさすがにキレた。
「ふざっけんな!!何で俺がお前に付いてかなきゃならねえんだよ!!」
「エルフばかりで人間の国に入るのは目立つし、お前らに紛れてれば目立たなくなるだろう。それに誰か案内が欲しいと思っていたんだ。情報収集するにしても、人間がいた方が都合がいいしな」
「だから何だよ!そんなの俺には関係無いね!」
「では、これからどうするんだ?このままなら、ゴブリンは確実にこの地域一帯を支配下に置くぞ。そうなれば、お前達は今までのような盗賊家業なんて出来なくなる。これを機会に何か新しい事をしてやろうとは思わないか?」
 レイジの言い分は尤もな話ではあった。しかし理屈では分かっていても、捕われの身のままでは素直に言いなりになる気にもなれなかった。
「……例えそうだとしても、お前らと一緒に行く理由が無いね」
 仲間達だけで行くならともかく、自分達を捕らえた上に素性のよく分からない相手と一緒に行動するなど考えられない。至極当然の判断であったが、レイジは何を思ったかメシェイラの全身を眺め始めた。
「……な、何だよ」
「……お前、何か隠し事をしていないか?」
 唐突にそんな事を言われ、心臓が跳ね上がったような気持ちになる。冷や汗を額に浮かべ、下を見てだんまりを決め込む。
「リリーンネール、こいつの服を脱がせてみろ」
「はあ!?」
「え?」
 レイジの一言を聞き、メシェイラとリリーンネールが同時に驚く。
「ちょっと待って。何で私に言うのよ。レイジが自分でやりなさいよ」
 リリーンネールとしては人間の裸など興味が無いし、ましてこんな少年の服を脱がしてどんな意味があるのか全く理解出来なかった。
「その理由は後で分かる。とにかくエルフの今後の為になると思ってやってくれ」
「……しょうがないわね」
 全く意味が分からないが、このレイジという男は離れた場所も見通す不思議な能力を持っている。この男独特の感のようなものが、何かを感じ取ったのかも知れない。そう思い直してリリーンネールはメシェイラの前に立つ。
「や、やめろ!寄るな!来るんじゃねえ!気持ち悪ぃ!」
 メシェイラは血相を変え、拘束された身体を暴れさせる。その尋常では無い嫌がり様に、リリーンネールも何だかおかしい事に気付く。
「……とにかく上だけでも脱がせるわよ」
 所々が破けていたり汚れていたりとボロボロの服であったが、一応前をボタンで止める構造だったのでボタンを外して前をはだけさせる。
「……ああ、そういう事」
 服の前を開いたまま、リリーンネールはその胸を凝視していた。布切れが巻かれて押え付けられてはいたが、隠しきれない胸の谷間がそこには出来ていた。
「み、見るなよ!」
「私の身体に遮られて、レイジには見えないわよ。まあ私はエルフだけど、一応同じ女だしね。もう充分だから閉じてあげるわよ」
 そう言ってリリーンネールは開いた服のボタンを閉じていく。汚い格好に汚れた顔でよく分からなかったのだが、メシェイラは少年では無く少女であった。
「お前の仲間は全員男だったな。その中でたった一人の女であるお前が、そうやって胸を隠して男のフリをしている。自分が女だという事、仲間に隠しているんだろ?」
 レイジの追求にメシェイラは顔を背ける。まさしく図星だったし、最近の悩みの一つでもあった。まだ14歳という若さではあったが、最近は特に胸の辺りの成長が著しくなっていて隠しきれなくなりそうだったのだ。
「……だから何だってんだよ。俺が女だからってどうだってんだよ」
「お前の仲間に、お前が女だと教えてみたらどうなるんだろうな」
「やめろ!分かったよ!お前に付いてってやるよ!だから言うんじゃねえ!!」
 レイジの脅し文句にメシェイラはあっさり陥落した。
「レイジ、何だかすっごく悪い人みたいだよ」
「すっごく悪い人は女に手を出すんだぞ」
「……悪い人になっても別にいいかなって思うんだ」
 レミュエールの最後の一言は小声だったので、レイジには届かなかったようだ。


第十四話・死者蹂躙
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