Sick City
エピローグ

「神父に喧嘩売って、殴ったぁ〜?」
 青空の下、昼休みに学園の屋上で、蓮見が素っ頓狂な声を上げた。
「さすが姐さん、見事な男っぷりであります」
「……あります」
「それ、全然褒めてないし」
 私の呼び出しで団長とテレオも来ていた。
「いいじゃん別に。ちゃんと詫び入れさせて、手を引くって約束させたんだし」
 彼らには真相を告げる事は出来ないと判断し、適当な話をでっちあげた。蓮見は胡散臭そうな顔をして説明を求めてきたけど、団長とテレオは素直に受け止めてくれた。
「用務員、学園辞めたらしいぜ?おっかねえ女だな、アンタは」
「また一つ、姐さんの武勇伝が桐琳の歴史に刻まれる事でしょうな」
「……しょうな」
「いや、テレオそこおかしいし」
 本当は殺しちゃったんだけど、証拠は何も残っていない。メイド女達と戦った時の矢は、ちゃんと回収してあるし。
「ところで、用務員が探していた神社の娘だけどよ」
「ああ、楯山静ちゃんの事ね」
 話の出鼻を挫かれて、蓮見ががっかりした表情を見せる。
「何だよ、知ってたのか。どうやらイジメに会って不登校らしいぜ。しかも影が薄いと来たもんだ。そりゃ見付からんわな。あの用務員は、在籍名簿を閲覧出来る立場じゃ無かっただろうし」
 蓮見はおもむろに写真を取り出して、しばし眺める。
「……笑えば、かなりの美人なんだけどな」
 その写真に写っていた楯山静は長い黒髪を後ろで束ね、巫女服姿で何人か巫女さんと一緒にいるところだった。俯き加減で少し猫背気味、暗い表情には緊張した雰囲気がある。口元にあるホクロの所為か、何処と無く艶っぽさも感じる。
「こんな写真まで撮ってたなんて、ほんとどうしようも無いヤツね」
「俺のアンテナに引っ掛からない美少女はいないって。こういった写真はマニアにゃ高く売れ――って何だよ、その拳は」
 この盗撮ヤロウは。
 蓮見と私のやり取りを黙って眺めていた団長が、頃合いと見たのか疑問を口にした。
「……教会の神父がどのような理由があって、神社の巫女を探していたのかまるで判りませんな。草間に問い質してもまるでふ抜けの様で、全く要領を得ないのです」
「草間は結局、単なる足掛かりだったのかな」
 草間がどんなポジションを担っていたのか、未だにはっきりとしたところは判っていない。結局のところは、草間も被害者なんだろうけど。おそらくはバロールに精神を支配されていて、詳しい事は知らされずに使われていただけなんだろう。
「我々『大都会』としては、草間の勧誘活動の件に片が付けば問題ありませんが。その楯山嬢については、草間の件とは関係無さそうですな」
「……ですな」
 団長の言う通り、彼らの問題はこれで一応の解決を見た。
 しかし。
「……だが、校内で悪質なイジメがあったと言うのであれば、それを放置する訳にはいきませんな。我ら『大都会』は風紀委員と共同で、校内風紀の取り締まりに従事しておりますので」
「……ので」
 そう来るか。
 確かに『大都会』は応援団としての側面とは別に、風紀委員会の外部メンバーでもあったりする。
 ちなみに桐琳学園の風紀委員会は各クラスからの委員によって構成され、生徒会と権力を二分する存在となっている。しかし3学年6クラスで計18名のメンバーだけでは校内全体を取り締まるには足りず、『大都会』の本来の名称、『大学生都市生活模範教練指導委員会』という名に沿った活動をお願いしている訳。
 今回の草間の件についても本来の活動からくる義務によるものであり、応援団の活動の方が余計なのだ。
 彼ら『大都会』は委員会活動なので各クラスから選抜された男子によって構成され、やがて応援団的な思考へと教育されてしまう。
 桐琳学園はこういった委員会活動に関してかなり細かく分業が進んでおり、他にも図書委員会や保健委員会、地域振興委員会というのもあり、風紀委員会、大都会と合わせて五つの委員会がある。各クラスではこれら五つの委員からクラス委員長が選ばれ、一つのクラスを束ねる。各委員会にはそれぞれの定例会議があり、クラス委員長にも定例会議が存在し、桐琳学園は会議ばかり行われている特殊な学校なのだ。学園側に言わせれば、『生徒の自主性を育てる』だの云々言ってるんだけど。
 しかしイジメの件となれば、団長達が動くのを止める訳にもいかない。私は渋々ながら認めるしか無かった。
「……まあそっちはそっちの事情があるんだから、止めたりしないけどさ」
 さらに蓮見が、ニヤニヤと笑いながら右手を上げる。
「俺も校内新聞のネタ集めとして動くぜ」
「あんたはいい」
 私はきつく睨んだ。
 しかしそれを意に介した様子など微塵も無く、蓮見は飄々とした態度で付け加える。
「草間の勧誘活動と用務員の性犯罪歴、教会の神父の本当の目的は、神社の娘だった! イジメによる不登校、見えてくるイジメの実態。これはスキャンダルの匂いがするぜ……東洋趣味と児童買春、エロ神父による被害者への独占インタビュー!! なんて感じで」
 どうも話を卑猥な方向へと持っていくクセがある。まあ確かに、私だってバロールに捕まっていたらどんな扱いを受けていたかと考えなくも無いけど。支配するとか辱めるとか、そんな事を言われたのも事実な訳で。
 しかし蓮見は面白可笑しい記事にしたいみたいだけど、女の身では笑えないし、冗談にもならない。
「ひどい内容だったら、容赦無く握りつぶすから」
「おいおい、お前さんにそんな権利は無いだろ。それとも何か? また俺の指でも折るかい?」
 この男はあれだけの痛みを与えてやったと言うのに、未だに懲りていないらしい。私の無言の圧力に加え、指の骨をばきばきと鳴らすのを見て、それでも蓮見は不敵な笑みを浮かべていた。
「しかし残念だな……ここにこんなお宝がある」
 懐から取り出した一枚の写真を、ぴらっとこちらに向ける。
「……ああッ!?」
 そこに写っていたもの。
 それは、水泳の授業でスクール水着を着た私を撮ったものだった。別にどうって事は無いのかも知れないけど、水に濡れた姿は何となく艶っぽく見えなくもない。
「例の校内美少女ランキングの記事で、このスク水写真を使うって選択が俺にはある訳だな」
 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる蓮見に、団長とテレオが喰って掛かる。
「は、蓮見ッ! 貴様、なんて事を!!」
「……事を」
 二人はすぐに写真から目を逸らした。
「まあ俺としては、出来るだけ穏便に済ませたいと思ってるけどね。こいつで手を打とうじゃないか」
 そう言って私の手に写真を押し付ける。気にしなければどうという事は無いのかも知れないけど、他の女の子達と並んで私だけスクール水着というのは、何だか女としての扱いのランクが一つ下だとレッテルを貼られてしまうみたいで屈辱的だ。
 お笑い的に解釈するなら、『ヨゴレ』役みたいな。
 私は悔しげに呻いた。
「……覚えておきなさいよ」
 そんな私の態度に動じる事無く、ひらひらと手を振って蓮見は立ち去った。


 登場人物紹介
団長
テレオ
用務員
第七話・巨神幻惑
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