Sick City
エピローグ

 バベルの塔は、何処かへと消え去った。後に残ったのは、力無くへたり込んだラビエルだけであった。
「……残る同胞達に、警告しなくては」
 そう呟いてラビエルは立ち上がった。
 それを見て、飛鳥が声を掛けた。
「私達、協力し合えるんではなくて?」
 意外な提案に皆が一様に驚く中で、ラビエルは敵を見る様な目付きで飛鳥を睨み付けた。
「莫迦な。魔女と手を組もうなどと埒外だ。昔日の遺恨、忘れた訳ではあるまい、セイレーンよ」
 彼女達の敵対関係を知るレラカムイは、やれやれといった感じで首を振った。それを見て、事情を知らないエリカが問う。
「レラカムイ、貴方が何とかしてあげられないのですか」
「俺が? 無理だろ。そもそも天使ってのは一つの考え方に凝り固まってやがるからな……かつてヤハウェ神が課した誓約に縛られてんのさ」
 それが何を刺激したのか判らないが、ラビエルは激昂した。
「愚弄するか、風神ッ!!」
 またしても、レラカムイは人を喰った様な態度で応じる。
「それだ。時代は移り変わり、世界は変わったんだぜ。ちったあ周りを見渡したらどうだ」
 このアイヌ伝承における風神は自然信仰の大らかさを地で行く性格をしており、対するラビエルは、ユダヤ・キリスト教に見られる厳格さを体現するかの様な、生真面目な一面を露にする。ハナっから水と油、交わる事の無い双方の根本的な差異が明確になるだけである。
 だが、以外にも折れたのはラビエルだった。とは言え、友好的解決では有り得ないのだが。
「……お前達と判り合える筈も無い。私はこれから仲間達を世界に復帰させ、あの邪悪と対決しなくてはならない――さらばだ」
 三対の翼を拡げ、ラビエルは天空へと飛び去った。飛鳥は元の口調で苦笑いを浮かべていた。
「やれやれ、失敗しちゃった。悪いヤツじゃないと思うんだけど」
 かつて追討されたというのに、飛鳥はラビエルに悪い印象は持っていないらしい。
「付合い辛いだろうが、嘘の付けない性格でもあるみたいだな」
 最後、律義にこれからの行動を教えた事を思い返して、俺は飛鳥に同意していた。
 発掘現場の丘の麓から、俺達を呼ぶ声がする。
「お〜い、お前ら生きてるか〜」
 アルが車から降りて、こちらを見上げている。
 意識の共感が功を奏したのか、あの思考の影響は彼らにはそれ程影響を与えなかったらしく、アルの他、フェニックスや教授、仁科三郎の姿も見られる。
「生きてますよ〜」
 呼び掛けに応じたエリカの普段通りの間延びした声に、車から降りた四人が安堵しているのを見て、俺は何となく嬉しかった。


 登場人物紹介
ラビエル
アル
フェニックス
仁科 三郎
南 一郎
第六話・魔神騒乱
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