Sick City
プロローグ

 どうして神は、人と契約をするのか。
 今まで人間は、その根本に何の疑問も持たずにいた。しかし今に至り、いよいよその仕組みが視えてきているのだ。それは神の発生に関する、重要なプロセスを担っているからだ。
 神となるには、必ず一度は人間として死ななくてはならない。増大した『個』を持つ者が死ぬと、明確な残留思念が具体化する。それを超古代文明の生み出した量子コンピューターによる高次元管理システムが一度吸収し、魂を高次元の存在へと変換した上で神として必要な機能を付加し、遥か高みに立つ存在へと昇華するのだ。
 様々な恩恵を得られるシステムだが、たった一つ、しかし最大の欠点が存在する。それはこの世界に存在する者として、とても不安定な状態になってしまうという事。
 エネルギーと情報だけの存在へと移行してしまうと、物理法則から受ける影響も増大する。例えば、インターネットで情報を得ようとする時、ウェブブラウザでウェブサイトへアクセスする。もしも、全てのデータをダウンロードする前にアクセスを中断すると、例えば画像データであれば中途半端な状態でダウンロードされてしまう。
 神と呼ばれる存在は、常に己の属している神域からのエネルギー伝送によってエネルギーを供給されているのだが、例えばエネルギー伝送の最中に雷が発生したとか、何らかの外的要因によって伝送が中断したり、もしくは遅延したりする。これはほんの一例に過ぎないが、この様に人間では考えられない様な障害と隣り合わせとなる。
 その為か、『そこに今いる』という明確な存在では無く、とても曖昧で不確定な存在になってしまうのだ。
 人間ならば目と耳と鼻、あるいは体温でそこにいると認識出来る。しかし、神をいつも見ている人間などいないだろう。だからこそ、人間と契約をして何かしらの関係を持ち、絶えず他者から認識されないと、世界からある日突然に消失してしまう可能性を孕んでいるのだ。
 そういった要因を含めて考えれば、殆どの神々はかつて人間であった時期、その民族の英雄であったり、王族であったりする場合が多い。有名人であれば死後においても、民族の共通認識により神へと昇華するのが容易になる為だ。
 ちなみに、神との契約時に交す契約の内容や、それに伴う代償などは、実は有名無実な定義であるそうだ。大事なのは契約関係を作る事であって、それ以外の部分は相手によって条件が変わる。
 まず、人間の持つ認識力というものは個人差が大きく、俺の様な『心眼』持ちもいれば、まるで想像力の欠如した、相手の事などお構いなしの自己中心的な人間もいる。
『心眼』を持つ人間などそう滅多にいないが、例えば霊媒体質やESP能力者など、破格の認識力を持った相手なら契約内容など簡単なもので充分だし、代償なども一切発生しない。
 しかし、認識力の低い人間と契約を結ぶ場合、低い認識力を補完する為に様々な定義付けを行う必要が出てくる。一般にはとても判りにくい話なので、『認識力』を『記憶力』に置き換えて説明すると判りやすくなる。
 例えば日本史の年表を覚える時、かつては1192年『いい国つくろう鎌倉幕府』と覚えたりした。今の教科書では、鎌倉幕府は1185年成立説を有力としているが。
 普通に勉強するのでは覚えにくい事も、何かに結び付けたりして覚えやすく工夫をする。神との契約内容というものはそれと同じ話で、例えば『モーセの十戒』は有名だろう。
 つまり、何らかの約束をさせる事で、神との繋がりを常に意識させる。
 俺とレギンレイヴとの間に発生した契約内容はたった一つ、『一緒に生きて助け合う』だそうだ。そんな契約をしたつもりなど無かったのだが、エリカがまだワルキューレになる前に俺と交した言葉で、約束と取れるものが二つあった。それは『生き延びたら、一緒に兄のしていた事を調べる』という言葉と、『躓いたら助け起こす』という言葉。
 この二つの言葉をワルハラのシステムが拡大解釈したらしく、結果として『生きる、一緒に、助け合う』となってしまったらしい。
 対して、セイレーンとなった飛鳥と交した契約内容は、『居場所を与える』というものだ。棗とレラカムイの契約内容は、『うみゃー棒一本で、一回言う事を聞く』だそうだ。
 これらの事から、神と人間の間で交される契約は、とても重要な意味を持つ事が判るだろう。しかし、もしも人間との関係性が維持出来なくなったら、一体どうなってしまうのか。
 最終戦争を生き残ったレギンレイヴは結局、忘れられた己を維持する為に、人間の器に入って人として生きなくてはならなくなった。
 人間と関わり合う意義を見失ったレラカムイは、己の時間を停止させ、異次元空間でずっと眠りに付いていた。
 神域を追放されたセイレーンは人と結ばれる事で子を生み、子孫にその力を継承させていった。
 つまりこれは、俗にパラドックスと呼ばれる類いの話なのだ。
 そんな神々の中でも、一番人間を必要とする存在がいる。
 それは、『悪魔』と呼ばれる連中だ。
 彼らは元々はカナンの地の神であったヤハウェによって制圧された、その周辺の地域の神々であった。ちなみに、イスラム教の唯一神アッラーとユダヤ教のヤハウェは名前こそ違うが、同一の存在であるのは有名だろう。
 唯一神の元に統一された彼らは神と名乗る権利を剥奪され、『天使』と名乗るように強制された。『天使』達は命令が無くては人間に介入する事は許されず、厳しい戒律によって神のシステムを守る事を徹底させられていた。
 しかしそんな中で、もっと人間と関わりたいと願う者がいた。
 それが今では悪魔達の総大将だとされる天使ルシファー、『サタン』と呼ばれる存在である。ルシファーを筆頭とした人間と関わった天使達は、荒廃した地上に降り立ち、人間達を手助けしたのだ。様々な知識を与えて人間が再び力を取り戻すまで、彼らは力を貸し続けた。
 だがヤハウェは人間が力を付け、かつて自分達が人間から神へと進化した様に、再び人間の中から、新たな神が現れる事を恐れた。何せ自分こそが旧世代の神々を追放し、或いは制圧して支配下に置き、主神の座に付いたという事実があるのだから。
 それが原因となって、ルシファー達は神域を追放された。そんな彼らが、今や悪魔として忌み嫌われるとは皮肉な話だ。どのような経緯によって、悪を行う者へと変質したのかまでは判らない。
 彼らに同情はするが、それでも俺の前で目に余る行為を行うならば、容赦無く斬るだろう。


第六話・魔神騒乱
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