Sick City
エピローグ

「……あんた、話しぶりが変わったな?」
 俺の一言に、レラカムイはニヤリと笑う。
「俺は元々は、情報伝達の神でね。空間を伝わる振動に、情報を乗っけるのが仕事だったのさ。逆に振動を通して、今のこの日本の言葉ってのを常に聞く事が出来る訳よ。地獄耳ってヤツだな」
 それを聞いてエリカが感心したように、うんうんと頷く。
「ネットワーク伝送による情報とエネルギーの通信は、あらゆる形で成されています。アスタロスが情報網の中枢システムを管理していましたが、それ以前に、各地の神域には独自仕様の通信手がいますから」
 それを引き継ぐ形で、今度はレラカムイが口を開く。
「今で言えば、無線LANのパケットフィルタリングみたいなもんだな。まあ俺はそれだけじゃなくて、本業は諜報なんだけどな。無線通信の情報の収集をやって、そこから一定の情報をピックアップする。それで主神に報告。まあ面倒くさがりなんで実際は殆ど自動処理に任せて、専らサボってたんだが」
 戦う気が失せたのか、レラカムイもエリカも次第にリラックスしてきたらしい。
 冗舌になったエリカは、溜め息を付いてレラカムイを眺めた。
「……いい加減な性格ですね」
 まるで軽蔑でもしているかの様な視線に、レラカムイは頭を掻く。
「いいんだよ、一方のエネルギー伝送を兄貴が真面目にやってたんだから」
「兄?」
 唐突に出てきた兄と言う言葉に、エリカは首を傾げる。もしかしたら、自分の死んだ兄の事でも思い出したのかも知れないが。
「ああ、お前さんは辺境の神だから知らないのも無理は無い。風神と言えば雷神。兄貴は雷神でな。そう言えばアスタロスってのは何だ? 中枢システムの管理神はイシュタルだろうに」
 それを聞いて俺は絶句していた。エリカも同じだったらしく、言葉に詰まった後にやっと口を開く。
「……有名な話を思い出しました。悪魔の中には、かつて中東の神であった者もいるのだと。アスタロスとはイシュタルと言う名が、時を経つに連れて変化した名だと」
 エリカの言葉通り、それは有名な話だった。
 地獄の大公アスタロスは、メソポタミアの女神イシュタルがその神性を貶められて、悪魔の一員となった姿なのだと。
 これで、今までの一連の動きが理解出来た。
「そうか……バベルの塔がもしその中枢システムだとすれば、アスタロスが拘るのも当然。本来の管理神イシュタルに戻る、それが目的なのかも知れないな」
 しかし話の経緯を知らない筈のレラカムイが、難しい顔をして口を挟む。
「……よく判らないが、悪魔の親分のルシファーは許さねえんじゃねえか?」
 それを聞いたエリカは、意外そうな顔でレラカムイに問う。
「何故です? 悪魔は勢力拡大の為に、より強大なエネルギーを欲しているのでしょう。何も不自然な事はありませんが」
 しかし、レラカムイは首を振る。
「いやいや、そうじゃない。中枢システムが今どうなってるのか、知ってるか?」
 そう言われてエリカも首を振る。
「何分、私は辺境の出なもので、中央の事はよく知らないのです」
「だろうな……今はな、セラフィム共に占拠されてるのさ」
 それを聞いてエリカが絶句する。俺は、ここまでレラカムイが事情通な事に驚いていた。
「どういう事だ? 天使が占拠? 実は悪者は天使でした、って事なのか?」
 しかし、それについてもレラカムイは首を振る。
「別に悪者って話じゃあないさ。どっちも悪いし、どっちも正しいのかも知れない。メソポタミアの神達は、中枢システムを独占する気満々だった。それに反対の立場を取った連中は多かったし、隣のヤハウェが真っ先に異議を唱えた。それで戦争になってメソポタミアが負けた。俺は当時メソポタミアと交流を持ってたが、どっちの味方にもなる気は起きなかった」
 しかし、新たな疑問を抱く。
「それなら悪魔にとっては仇敵だろう? 何も反対する理由は無いんじゃないか?」
 それでもレラカムイは首を横に振る。
「セラフィム共と戦うのは大賛成って所だろうけどな。問題はイシュタルの復活の方だ。それをやられると、イシュタルの一人勝ちって事に成り兼ねん。それは俺も賛成出来ないな」
 悪魔と言っても色々とあるらしく、どうやら一枚岩とは言えない様だ。
「では、現在の中枢システムを管理しているのはセラフィムですか」
 エリカがそんな事を言うと、レラカムイはまたもや否定する。
「連中にそんな権限は無い。中枢システムにアクセス出来るのはイシュタルか、各地の主神だな。セラフィム共の親分のヤハウェはもういないしな……と言うか、各地の主神は全て滅ぼされている」
 それを聞いて、エリカは暗い表情でレラカムイに問い返す。
「滅んでいる? 確かに我々の主神であるオーディーンはいませんが、全ての主神がいないなんて初耳です」
 新たに判明した事実を突き付けられ、エリカは半信半疑の様子だった。だが、レラカムイは驚いた顔でエリカを見る。
「何で知らねえんだよお前。外宇宙の化け物共と戦争になって、この地球はボロボロにされたんだろうが」
 それをどんな思いで聞いたのか、エリカは顔面蒼白になっていた。
「……私達は内部に裏切り者が現れて、その者の手引きによって突然現れた正体不明の敵の軍勢と戦いましたが……それが外宇宙の化け物なのですか?」
 エリカの説明に、今まで黙って様子を見ていた叶が口を挟む。
「北欧神話では、ムスペルムのスルトと戦ったって話じゃなかったかしら?」
 しかし、叶の言葉を聞いてエリカは首を横に振った。
「それは現地に残った人間による、後付けの伝承でしょう。実際にはムスペルムという場所は聞いた事もありませんし、スルトという者の存在も私は知りません」
 そんな話を聞いて教授が悩ましげに唸る。
「……う〜む、こりゃまた新事実だな。考古学者としては非常に興味深い」
 どうやら学者として、知的好奇心を刺激されたらしい。
 そんな教授の言葉などはスルーして、レラカムイが座ったまま空を見上げて口を開く。
「連中の正体は俺にもよく判らんが、判っているのは宇宙の彼方から飛来してきたって事だけだ。丁度メソポタミアが滅んで、中枢システムが天使に乗っ取られた後だ。そのせいで、各地の連携が取れずに俺達は敗れた。なんとか追い返す事は出来たが、殆どの神が死んだんだから実質は負けだな」
 それを聞いて、エリカは難しい顔でレラカムイを問い詰める。
「……生き残りがどれだけいるのか、判りますか?」
「まともに機能している神域は無いだろう。各地にそれぞれ一人とか二人生き残りがいる程度、例外は天使と悪魔、こいつらはかなりの数が残っている。何せ連中は外敵よりお互いが争っていたもんで、殆ど関係無かったからな」
 そこまで聞いてエリカはわなわなと身体を震わせて、義憤に顔を引き攣らせていた。
「……争っている場合では無い筈でしょうに、何故、今この時に我々はイス取りゲームに興じているのです? もし再び外敵が現れたら、対処のしようが無い」
 そんなエリカの反応を見て、レラカムイは深く頷いて同意の意を示す。
「それは最もな意見だな。しかし、そうは言っても事は単純じゃあない。この争いを主導しているヤツが何者なのか。これはそうなるべくしてなっている、そういう意図の元で起こっている」
 それをエリカは蒼ざめた顔で聞き返す。
「……さすがに情報の神、というところですか。しかし意図とは何ですか? 私はてっきり、悪魔達の仕業かと思っていましたが」
 レラカムイはエリカの言葉に首を振ると、静かに答えた。
「――再び、侵略が始まっているのさ」


第四話・風神伝承
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