Sick City
プロローグ

 俺には両親がいない。
 父親も母親も、共に六歳の頃に死んでいる。
 その時に何が起こったのか判らないが、俺は大怪我を負って生死の境を彷徨い、精神的ショックを受けた為に、その頃の記憶が曖昧なのだ。周囲の噂話、俺の左胸を深く抉った四本線の傷などから、巨大な熊に襲われたのだとされている。しかしエリカと出会ったあの夜に、初めて化け物に襲われた瞬間に、その時の情景と思わしき記憶が甦った。
 ――何か巨大な化け物によって、俺は深手を負ったのだ。
 あれは確か、地元の楯山神社での夏祭りの日だったと思うが、両親に連れられて、俺と御空は祭りの終わった神社から帰ろうとしていた。神社では夏祭りに併せ、何か儀礼的な催しがあって、地元の氏子が集まって参加した。我が家もその祭事に参加をし、どういう訳かは判らないが、爺さん婆さんを神社に残して家に帰る事になった。
 神社の境内を抜けて長い石段に差し掛かった時に、異変が起こった。突然、辺り一帯に地震が発生し、何か獣らしき咆哮が轟いた。気付いた時には、既に両親は絶命していた。俺達の目の前には、何か巨大な化け物じみた黒い影が立ち塞がっていた。そしてその化け物によって、俺は傷を負わされたのだった。
 どうして今まで、その事実を忘れていたのか。
 あの化け物は一体、何だったのか。
 しばらくして病院を退院したが、自分に振り掛かった出来事に対し、まるで他人事の様に感じていた。それが原因となったのか、それからの俺は子供ながらに、日常に苛立ちを覚える様になっていた。
 そんな俺でも、親から受けた愛情というものは忘れていない。曖昧で朧げな記憶だが、割と平穏な子供時代を過ごしたのだと自覚している。
 親が子に持つ気持ち、子が親に持つ気持ち。
 互いの気持ちは、必ずしも共通では無いだろう。
 だが、お互いの気持ちが純粋に強いものであるとして、それが生む力を信じてみたいと思う。何故なら強い気持ちは、情報の強度をより強固なものへと昇華させるからだ。


第四話・風神伝承
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