Sick City

第一章・精霊召喚

「精霊は見えるのに呼び出せないって、貴女も一々難儀な娘よねぇ……」
「ごめんなさい」
「いや、謝られてもね」
 ハーフエルフの少女、レミュエールは従姉妹のエルフ、リリーンネールと共に近場の泉に来ていた。数あるファンタジー物語に登場するエルフと同じく、この星のこの世界でのエルフも美しい外見をしていた。
 リリーンネールは長い金髪を後ろで結い上げて纏め、服装も丈の長いスカートにブーツを合わせている。
 レミュエールは人間との混血だが、外見的にはそこらのエルフ族とさして変わりはない。長い金髪に長い耳、細身の身体。人間との混血のおかげで一般的なエルフ族よりも成長が早く、17歳にして既に大人と変わらない外見であったが。それどころか、少々発育が良い。
「そもそも貴女には積極性が欠けるのよね。もっとやる気を持たないと、呼び出せるものも呼び出せないわよ」
「そういうものなの?」
「そういうものなのよ」
 リリーンネールはいつも無茶を言うと、毎度ながらにレミュエールは思うのだ。
 従姉妹とは言っても歳が大分離れていて、リリーンネールは現在247歳にもなる。人間に換算すれば24歳くらいだろうが、エルフとしてはまだまだ若輩と言える。
「精霊召喚なんてものはエルフなら皆、30歳の年に済ませるものだからね。貴女はまだ17歳だけど、外見的には170歳のエルフと同じくらいだもの。精神的にも充分に成長してるんだから、さすがにもうそろそろ出来てもいい筈だと思うのよ」
 リリーンネールはこうしてたまにレミュエールを呼び出しては特訓を課す。理由としては従姉妹だからと言う事もあるが、現在のエルフ族の逼迫した現状に大きな要因があった。
「今は一人でも多くの仲間が必要だからね。じゃないと、あのゴブリン共にいつまでもやられっぱなしよ」
 現在、エルフ族はゴブリン族と全面的に敵対している。数が増え、勢力圏を拡大したいゴブリン族がエルフ族の住む森を切り倒したのが事の始まりであった。
 このゴブリン族と呼ばれる種族もまた大概のファンタジーの世界と同じく、小鬼といった感じの外見を持った種族だった。犬歯が下顎から大きく突き出た口、禿頭に額から小さな2本の角。背の高さは平均的な人間よりも低く、痩せっぽちで蟹股、猫背といった案配である。
 外見の美醜といったものはそれぞれの価値観で大きく違うものだが、エルフとゴブリンはお互いに相手を醜いと考えており、互いに相容れない存在になっている。
「でも別に精霊の力に頼らなくても、お父さんの遺した魔術理論があるから」
「アレ、一々回りくどいじゃない。何だっけ、『脈』だとか『力点』だとかを活性化させて云々なんて。それにあの人間は叔母さんをその魔術で虜にしてた下衆よ。いつまでも父親だと思うのはやめなさい」
「……ごめんなさい」
「だから謝らないでちょうだい」
 レミュエールの父親は人間で、俗に『魔術師』などと呼ばれていた。『鋼』を信奉する人間族だが、かつて『魔術』を志向するムーブメントが起きた事があった。今では『古代王国』などと呼ばれているが、その人間族の旧い国家は長命のエルフ族にとってはまだ記憶に新しい存在であった。
「貴女には両親の記憶なんて殆ど無いんでしょうけど、私にとってはつい最近の出来事なのよ。醜い人間の男が、エルフの女を手篭めにしたのよ。貴女は母親似で良かったわね。でなきゃ、今まで以上に差別されてたわよ」
「ううん、なんだか話がどんどん脱線していく……」
 リリーンネールの言い分の通り、レミュエールは仲間から差別を受けていた。外見的には他のエルフと変わらないのでリリーンネールを始め、親族の中には尊重してくれる者もいる。だが人間の血が入った事によって特に胸部辺りの発育が良い為、エルフ的な美的感覚から少々ズレてしまっているのが差別の大きな要素となっていた。
「……何よ貴女のその胸。なんだが見ていると途端に憎たらしく感じてくるのよね……何でなのか自分でも分からないわ」
「ご、ごめんなさい」
「うん、そこは謝って。全力で謝ってちょうだい」
 エルフの美意識としては醜い脂肪の塊にしか見えないのだが、何故か見ているとイライラするのだ。これはリリーンネールだけに限った話では無く、エルフ女性の殆どがそう感じてしまうらしい。もはや差別なのかどうかさえ疑わしいレベルなのだが、一応この世界では単なる差別と言う事になっていた。
「こほん、まあ胸は置いといて。精霊の召喚は相性よ。こうして泉に来ているのも、エルフと相性の良い水の精霊ウンディーネを呼び出す為よ。とりあえずやってみなさい」
「えっと、では。水の精霊ウンディーネよ、我の声を聞き届けたまえ。水の精霊ウンディーネよ……」
 しばらくの間、声に出して泉に潜む精霊に呼び掛ける。しかし、精霊は何も答えてはくれない。
「……まあ、いつも通りよね。何で成功しないのか、ここ最近ずっと考えてたのよ。で、やっぱり相性の問題だと思うのよね。人間とのハーフだからなのか、エルフと相性の良い精霊達では駄目なんじゃないかしら」
「それは私も考えた事があるけど。だとすると人間と相性の良い精霊ならいいの?」
「そこが問題なのよね。そんな精霊知らないわよ」
 もしかしたらそんな精霊もいるのかも知れないが、少なくともリリーンネールは聞いた事も無かった。
「長老達にも聞いたのだけど、誰も知らなかったわ。ただ気になる話はあったわ。『死角』って言うんだけど」
「死角?」
「目で見えてる範囲の外、真っ暗な部分があるでしょう?その隅のさらに奥、無限の広さの虚無の中。そういった我々では認識出来ない空間に、まだ我々が知らない精霊がいるかも知れないって言われてるそうよ。そこにどうやって『繋がる』事が出来るのか、それさえ掴めればまだエルフにも発展の余地があるんじゃないかって話」
 精霊は基本的に『精霊界』にいると考えられている。この目に見える世界を『物質界』と呼び、それと重なるようにして目には見えない世界がいくつもあるのだと考えられている。エルフは皆、この『精霊界』を認識する事が出来る。
「ちょっと試しにやってみなさいよ」
 また無茶を言う。この従姉妹の事は嫌いでは無いのだが、この強引なところが無ければとつくづく思う。
「えっと、目の隅? 奥の奥?」
 そしてそれでも言われた通りにやってしまうレミュエール。外見的には大人と大差無くても、彼女の精神はまだまだ素直な子供のそれであった。
 しかしその素直さが『引き金』を引いたのだろう。目が裏返るくらいに暗い外側を見ようとして、それでも無理だからと幽体離脱までしてしまったのだ。
(……剣?)
 そこにあったのは1本の剣だった。いや、剣と呼べるのかは定かではないのだが、第一印象は剣だった。細くて刀身が反った片刃の剣。見た事も聞いた事も無い不思議な形だったが、刀身に浮かぶ刃紋はとても美しい。
 ザシュッ!!
「……え? 剣? 何で? 何処から飛んで来たの?」
 それを認識した瞬間、何処からかその剣が飛来してきたのだ。目の前の地面に突き立ったその美しい刀身に、二人は息を呑む。そして泉の中にいた水の精霊が顔を出し、風と共に空を待っていた風の精霊が停止し、周囲の木々から木の精霊が顔を覗かせた。
(剣の霊だわ剣の霊だわ)
(やって来たやって来た)
(来るよ来るよ彼が来るよ)
 一斉にざわめく精霊達の声に『世界』が震える。何気ない一言で試してみた結果が何か重大な物事を引き起こし、二人は半ばパニックになってしまった。目の前の出来事を脳が処理出来ない。
 視界の外から、何者かがゆっくりと歩いて来た。
 人間の男のようだった。
 見た事も無い服装に、聞いた事も無い不思議な顔立ち。彼女達が直接見た事のある人間なんて殆どいないのだが、それでも普通の人間とは全く違うと分かった。
 その男は突然現れて、地面に突き刺さったままの剣を手に取った。地面より引き抜いて一度だけ振り、いつの間にか手にしていた鞘に納刀した。やがてこちらを見た男が、怪訝な顔で口を開く。
「……この星にもアカシック・レコードはあるのか。おかげで一瞬で言葉が理解出来るのは便利だな」


「ゲッシュ隊長!各自準備整いましたあッ!!」
「うむ、ご苦労」
 目の前に広がる森を丘の上より眺め、中隊長ゲッシュは部下の報告に鷹揚に頷いた。背の低い部下に比べ、ゲッシュは大柄で肉付きの良い逞しい身体をしていた。
 ゲッシュはゴブリンの上位種『ホブゴブリン』と呼ばれる種族の出だった。大昔に突然変異で生まれたゴブリンの亜種なのだが、通常のゴブリンに比べて体格に恵まれている為か、現在では支配者階級に君臨していた。
 下顎から突き出た牙で手にしていた干し肉を喰いちぎる。くちゃくちゃと租借しながら、今回の作戦行動について思い返す。
 本国からの指令により、憎きエルフの住む『常春(とこはる)の森』攻略の命令が下った。当初は準備不足で時間が足りないと感じていたのだが、本国から派遣された指揮官の手際によってことごとく解決していた。
「ここにいましたか。ゲッシュ隊長」
「……モルディラ少佐か」
 中隊長ゲッシュの背後から声を掛けてきたのはダークエルフの女性士官、モルディラであった。浅黒い肌に長い銀髪を揺らし、士官服に身を包んでいる。誇りあるゴブリンとしてはダークエルフに対して抵抗感を持っていたが、職業軍人であるゲッシュは顔色一つ変えずに応じる。
「エルフ達の欠点は森の外に出ない事です。故に森の外側でいかような布陣を取ろうとも、連中にはそれを察知する術がありません」
「ふむ、それ故の奇襲作戦だな」
 ダークエルフの立てた今回の作戦は、森の別の方向より奇襲部隊が爆発物による攻撃を敢行し、注意を引いてから本隊が内部へ進軍するというものだった。
 ダークエルフとはやはり多くのファンタジー世界で登場するものと似たような種族で、浅黒い肌をしたエルフと言えば分かりやすい。が、別に闇に染まったとか悪に堕ちたとかそういった事は無く、単にエルフの突然変異種である。エルフの美的感覚から浅黒い肌のダークエルフは差別され、やがて迫害された者達が一つの集団を構成するようになった。
 ゴブリンとダークエルフが同盟を結び、エルフを駆逐する。彼らは互いの利害が一致している為に共闘しているのだった。他に人間の国家がいくつかあるのだが、人間族は数が多い。戦力的には拮抗している為、ここ10年は人間との衝突は無い。ドワーフやオークは自分の領土から出ないので、こちらから攻めない限り放置していても問題無い。
「あとは日が落ちるのを待って攻め込むだけです」
「ふん、楽な戦いだな」
 本来、個人同士の能力で言えばエルフの方に分がある。しかし『爆弾』の開発によってその戦力差は覆り、今やゴブリン族は圧倒的な強者として君臨していた。
 この世界における『爆弾』とは丸い陶器の内部に火薬を詰め、撃発装置を取り付けたものを指す。通常は拳大のものが使われるが、建造物などを破壊する場合はもっと大きなものを用いる事もある。
「しかし少佐は変わり者だな。ゴブリンの部隊にまで出張って来るダークエルフは稀だぞ」
「我々は少数ですからね。しかしエルフを殲滅するその瞬間を私は見てみたいのです」
「……ほう、余程憎いと見える」
 このモルディラというダークエルフの女性士官は何を考えているのか分からない事が多いのだが、この点については同意出来る。ゴブリンにとってもエルフは不倶戴天の敵である。
 ゲッシュは中隊長の肩書き通り、200名前後の軽装歩兵を率いて先発隊として進撃する事になっている。今回の作戦に動員されている総数は2000名程度。奇襲作戦を遂行する工兵部隊が小隊50名、後方支援の輜重隊(しちょうたい)も小隊50名、屈強な亜人種オーガ兵による突撃部隊100名、そして軽装歩兵1200名に重装歩兵600名というのが内訳だった。
 この内、軽装歩兵は通常のゴブリン兵が多数を占め、重装歩兵は体格に恵まれたホブゴブリンで構成されている。軽装歩兵は幅広の小剣を補助とし、主に投げ槍と三日月型の盾を用いる。対して重装歩兵は重厚な鎧兜に身を包み、槍と大型の円形盾を用いた密集陣形を得意とする。
「まあ今回の指揮は貴官だ。俺は作戦通りに動くだけだ」
「お手並み、期待していますよ」
 ゲッシュの無愛想な反応に、モルディラは皮肉混じりに応じた。モルディラとしては別にそれぞれの中隊長に挨拶回りなどしなくても良いのだが、このゲッシュは軍人としてのキャリアが長く、戦場での経験の豊富さは決して軽んじられるものではないのだった。
 日が落ちて予定時刻が迫り、配下のゴブリン兵がゲッシュに近寄る。
「ゲッシュ隊長、そろそろ開始予定時刻です」
「うむ。ではモルディラ少佐、進軍合図を」
 ゲッシュの判断を受けてからモルディラは手旗を上げる。奇襲作戦での作戦開始の合図は手旗信号を用いる。それぞれの部隊が手旗を上げて意思疎通を行い、多少の差異は生じるものの統率された動きで進軍を始める。
 丘より望む広大な森林を舞台に、後世に語り草となる戦いが始まろうとしていた。


 エルフの住む『常春の森』はそのまま、国家の名前でもあった。人間とは違った価値観を持つが故、国家の命名の仕方も人間とは異なる。それに対してゴブリンの国家は帝政を布いており、その名を『アングレム帝国』と言う。
 常春の森の東端、森と草原の境目近くにレミュエールの住む家があった。生きた巨木の洞(うろ)に生活空間を作っていて、まるで御伽噺にでも出て来そうな住居であった。
「凄い家だな。上に吹き抜けまであるのか」
「人間にとっては物珍しいのかしらね。それで、貴方は何者なのかそろそろ教えてちょうだい」
 人間の男は家の中を物珍しそうにしきりに見回して、感心したような顔をしていた。精巧に造られた各種調度品類は確かにエルフの自慢の一品ではあったが、この男を家に連れて来たのは突撃隣の晩ご飯をやらせる為ではない。
「貴方を連れて来たのは、単純に夜になったからよ。私は人間を信用していないし、ましてや突然現れた男に施しを与える程お人好しでもないわ」
 リリーンネールの突き放したような物言いに対し、しかし男はさして反応を見せない。超然としていると言うか、若い外見に似合わず達観しているような印象である。単に空気が読めないだけなのかも知れないが。
 本来ならば人間など醜い存在だと蔑むところだが、男の顔立ちが普通の人間と違って見えるので彼女達の美的感覚では新鮮に感じて醜いなどとは思わなかった。例えるなら、フランス人が日本の浮世絵の日本女性を見て美しいと感じるのと似ている。
「それはこちらとしても同じな訳だが。敢えて敵対する理由も無いから大人しくしている。それに俺を呼んだのはアンタだろ」
 男はリリーンネールの横でじっとしていたレミュエールを見る。今まで惚けていた為、自分に話が振られたという事に一瞬理解が追い付かなかった。
「……はっ!? あの、まずは自己紹介しましょうか」
「……レミュエール。ちょっと貴女、大丈夫?」
 レミュエールは何故か動揺していた。自分にもやっと精霊が呼び出せたとか、人間の若い男を初めて見たとか様々な理由があったが、一番の理由は強い共感を感じている事だった。この感覚こそ精霊と意思を通じ合わせる『繋がり』と言う感覚なんだろうか、などと思う。
「アンタはレミュエールと言うのか。俺の名はレイジだ」
「レイジ……変わった名前ね。私はリリーンネールよ」
「そうか。で、俺はレミュエールに呼び出されたようだが、これは『剣の霊』という扱いで認識されたからだろう。前にも似た様な経験がある」
 レミュエールもリリーンネールも『剣の霊』などと呼ばれる精霊の存在を知らなかった。おそらく、エルフの長老達も知らない筈だった。そもそも目の前の男は明確に人間である。人間なのに同時に精霊扱い。
 これは世界の仕組みそのものに関わる重大な欠陥なのでは無いか。リリーンネールとしてはそのような考えに至るし、大方のエルフ達もそのような判断を下すだろう。エルフにとっては精霊は神聖な存在であり、それが人間そのものなどと言うのは精霊への冒涜に等しい。
「未知の精霊がまだいるんじゃないかって話はしてたけど、まさか人間が精霊だなんてね……。どちらかと言うと、その剣の方が精霊本体みたいだけど」
 男の持つ変わった形の剣を指差す。この剣の存在が、この男が精霊であると信じざるを得ない判断材料になっていた。精霊の中には意思を持たない存在はいるし、物体に宿る精霊も存在している。この剣は意思も無いし物体として形を取ってもいるが、認識によって存在が成り立っている段階で『霊』の類いである事は間違い無いのだ。
「こちらも驚いているんだけどな。主にエルフなんて存在に対してなんだが」
「ん?変わった事を言うわね。私達を初めて見たって意味ならそれはそうでしょうけどね」
「いや、そういう事じゃない。宇宙の彼方に飛ばされたら宇宙人がファンタジー世界の住人だったなんて、酷い出来の話だと思ってな。何を言ってるのか分からないと思うからスルーしてくれ」
「……本当に意味が分からないわね」
 この世界に『宇宙』などと言う概念はまだ無い。レミュエール達には『宇宙』という部分は実は『母の集団』と聞こえたのだが、これが全く意味が通らない。ファンタジーがどうのという部分も意味が通らず、結局リリーンネールはそれ以上考えるのを止める。
「まあいいわ。で、ここからが話の本題。私達エルフは精霊と契約をして初めて一人前とみなされる。貴方にはレミュエールと契約してもらうわ」
「契約? それは俺にどんな得があるってんだ?」
 レイジの口にした得という言葉に、リリーンネールは絶句した。精霊に損得など本来関係無い筈である。この世の力の象徴が精霊であり、力は作用してこそ意味がある。例えるならそよ風に対して「それはどんな得があるのか」と聞くようなものである。
 だがそこで、今まで大人しかったレミュエールが意を決したように口を開いた。
「貴方が私の力になってくれるのなら、私も貴方の力になるから」
 それを聞いてレイジはしばし黙考する。この少女に力を貸して何か問題があるだろうか。この少女は地球への帰還という目的に対して、どこまで付き合ってくれるだろうか。
「……分かった。ただし、一生力を貸せとか言うのは困る。ある程度の期間まででいいなら、承諾しよう」
「よろしくレイジ。契約と言ってもお互いの一部を交換するだけだから」
「一部?」
「その、キスとか」
「ありがち過ぎる却下。髪の毛とか交換すればいいだろ」
「え? そ、そうかな。ありがちなのかな……」
 キスを拒絶されて割と本気で落ち込むレミュエール。そうこうしている間にレイジが自分の髪の毛を一本抜き、こちらに渡してきた。仕方なくレミュエールも自身の金髪を一本抜いて渡す。本来、一部の交換とはお互いの認識の交換であり、別に物質的な交換をする必要は無い。しかし物を介する事で約束に信憑性が増し、意識に差が生まれるのだ。
「さて、それじゃお夕飯にでもしましょうか」
「やっと話が付いて良かったわ。もうお腹ぺこぺこよ」
「レイジは普通に食事取るの?」
「人間だからな。普通に食事を取る。ご馳走してくれるならありがたい」
 どうやら剣が精霊本体で、レイジ自身は普通に人間と言うのは本当のようだ。
「分かった。待ってて」
 エルフの食事は人間の口に合うだろうか、などと考えながら食事の準備を始めるレミュエール。
 ズシン。
 その時、遠くで何か地響きでもしたような音が聞こえた。リリーンネールは慌てて窓を開ける。
「何かしら? 西の方から聞こえてきたわね」
「爆発音だな。森の西側から何者かが侵入して来ているようだ。火薬を用いた爆発物や火炎瓶で森に火をかけているんだ」
 レイジがまるで見て来たかのように詳細な状況を口にした為、リリーンネールもレミュエールも驚きで一瞬動きが止まってしまった。
「何でそんな事まで分かるのよ」
「細かい説明は省くが、これが俺の精霊としての力の一つだとでも思ってくれ」
 リリーンネールの問いに対して曖昧な返答。だが今は、一々そんな事を追求している時では無かった。
「んもう、行くわよレミュエール!」
「何処へ行くの?」
「中央に決まってる!」
 家を飛び出したリリーンネールを追い、レミュエールも後に続く。
「レイジも一緒に来て!」
「……仕方ないな」
 レミュエールの呼び掛けに応え、レイジも彼女達の後を追った。


 登場人物紹介
第十三話・妖精舞踏
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