Sick City

第三章・天使共闘

 四大天使ラビエル。四人いるとされる大天使の内の一人でラファエルという名で知られる事が多いが、そもそもはトルコ南部のセム系遊牧民カルデア人に崇拝されていたとされる神だった。理性を司り、正義を美徳とし、風の天使とも人類の保護者とも言われているそうだ。
 そんな大天使がどうして地獄にいるのか、何故単身こちらへ降りて来たのか。
「上で悪魔達の総攻撃が始まったというのにルシファーの姿が見えないと思って下に来てみたら、まさかこんな事になっているとはな……」
 ラビエルの言葉から、どうやら上では天使と悪魔が大々的にぶつかり合っているらしい。さらにこちらを見て、怪訝そうな顔を見せる。
「……どうして地獄に人間がいる?いや、そちらはアヌビス神ではないか?どうして貴方がここにいるのだ?」
 ラビエルと面識があるのか、アヌビスが応じる。
「イシュタルに用があってな。そちらは何故地獄にいるんだ?」
 そんなアヌビスの問いに対し、ラビエルは僅かに厳しい表情で答える。
「そのイシュタルによって、我々は地獄へと堕とされたのだ。かつて唯一神がルシファー達にしたようにな。今はこの地獄にて天使と悪魔の勢力争いが起きている」
 何だかよく分からないんだけど、とにかく大変らしい。と言うか、私は別にキリスト教徒では無いので「ふーん、そっか大変だねー」くらいの感想しか出てこない。
 しかし悠長に話などしている場合では無かった。ルシファーは今度はラビエルに敵意を向ける。
「迂闊なヤツめ!」
 剛腕が唸りを上げてラビエルに向けて突き出される。距離的に空に滞空するラビエルには到底届かないと思われたけど、何と腕が伸びて巨大な拳がラビエルの肉体を捉えた。
「ぬうッ!?」
 巨大な拳がラビエルを吹き飛ばすかと思ったけど、背中の六枚羽がたちまち変化して大きな腕へと変化し、六本の手で剛腕を受け止めてしまった。六本腕になって羽根が無くなっても普通に飛んでいて、剛腕を横に投げると六本全ての腕を背後に引き絞って力を溜める。
「ルーアハ・シェル・イグルフ!!」
 ラビエルの六本腕が怒濤の如く次々と突き出され、暴風を伴った風圧がルシファーの巨人体を滅多打ちにする。その様子を見ていた蓮見が立ち止まって口を開く。
「少し考えたんだが、俺達はここで二つの選択肢がある。一つはラビエルにこの場を任せ、無駄な戦いは避けるという事。もう一つは、ラビエルと共にルシファーを倒す事だ」
 二つの選択肢だと言うけれど、前者を選んでもあまり意味が無い。ラビエルが勝てればいいけど、彼女のエネルギー総量はおよそ3000万程度だ。対するルシファーの方は桁違いで、何と10億ものエネルギー量を誇る。
 さらに悪い事に、ルシファーの『経穴』はルシファー本体と巨人体、七賢人それぞれに存在し、おそらく一つを潰してもすぐに再生してしまうだろうという事。これでは余程強力な切り札でも無い限り、彼女だけでは勝ち目は薄い。ラビエルが負ければ再びルシファーとの対決が待っているだけで、この選択は単に結論を先延ばしにするだけのものだ。
 ではラビエルと共闘した場合はどうなるだろう。天使だからと言って、敵か味方か分からない相手だ。だけどアヌビスと面識があり、かつ敵対の意思を示していない事から充分に共闘の余地はある筈だ。
 それにこの選択は両者共にメリットがある。お互いに信用が出来ない場合、一方的に相手に得を説いても中々信用されるものじゃない。逆にこちらも得があるのだと示す事により、相手もようやく理解が出来る。
「そりゃどう考えたって、この場は共闘するのがベストでしょ。問題はあっちのラビエルさんがどう思うかだと思うんだけど……」
 そこですかさず、アヌビスがフォローを入れてくる。
「ご覧の通り、我々は上へと行きたいが空を飛べない者が多い。そこでそちらが我々を上へと運んでくれるなら、我々はルシファーを倒すのに協力しよう。どうだろうか」
 ルシファーの攻撃圏から一旦退いたラビエルは、アヌビスの言葉に即座に頷いた。
「正直助かる!四大天使はもう私一人しかいないし、配下の数も悪魔達に比べて多くはない。ここでルシファーの足止めが出来れば上出来かと悲観もしていたのだが、これで多少は勝ち目が出てきたかな?」
 ラビエルが意外にすんなりとこちらの提案を受け入れた事に、少々驚いた。対して、こちらの動静など関係無いとばかりにルシファーの攻撃は続く。
「弱者連合か!まとめて叩き潰すだけだ!喰らえッ!フムス・アポクリフ!!」
 ズシン!!
 巨大な掌が振り下ろされて階段の床を叩き、一瞬みんなの身体が宙に浮く。それと同時にカンナカムイが叫ぶ。
「しまった!!」
 セレン化合物の砂地に含まれていた膨大なエネルギーが黒いガスを生み、回避不能の状況で絶体絶命の危機を迎える。このガスを吸い込めばやがて死に至り、もしくは引火すれば大爆発を引き起こす。浮いた身体が着地する僅かな時間の間に、一体どんな対処が出来ると言うのか。
「ルーアハ・シェル・カナーフ!!」
 ゴウッ!!
 突然周囲を突風が走り抜ける。何事かと上を見上げれば六本腕を再び翼へと変化させたラビエルが、その六枚羽で風を巻き起こしたのだ。地中より延々と噴き出す暗黒瘴気(あんこくしょうき)を悉く吹き飛ばす。
 しかし吹き飛ばしたとは言え、広範囲に充満する黒いガスが完全に消えてなくなる事は当分の間は無い。これが計算された状況かは分からないけど、このガスに紛れて高速で接近する者達がいる。
「気を付けて!さっきの悪魔達が接近して来てる!」
 私の警告にルシファーと直接戦闘をしていない蓮見と皐月さんが、それぞれ武器を構えて臨戦態勢を取る。皐月さんは例の『蜻蛉切(とんぼきり)』を、蓮見も手を抜ける状況では無いと判断したのか、あの『備前長船長光(びぜんおさふねながみつ)」を帯刀していた。どうやらいつの間にか、爺ちゃんが渡していたみたいだ。
 果たして30メートル程上空、ガスの霧の中より飛び降りて来た下級悪魔達による包囲奇襲攻撃に対し、まずは皐月さんが動いていた。
「飛べッ!蜻蛉切ッ!!」
 ゴウッ!!
「ギャッ!?」
 槍を用いた棒高跳びから空中で身体を回転させ、両手で抱えた蜻蛉切から手を離す。回転力を活かした投擲は1体の下級悪魔の胴体を貫き、皐月さんが階段床に着地するのに遅れて墜落してくる。そこへ野太刀を肩に担いだ蓮見が素早く近づき、下級悪魔の首を刎ね飛ばした。それにより絶命した下級悪魔の肉体は、まるで砂のように崩れて消えて無くなり、地面に転がった蜻蛉切を皐月さんが拾う。
 残り29体の下級悪魔は遠間からルシファーと対峙している私達へ向け、一斉に手から火の玉を撃ち出して攻撃を仕掛けてくる。
「オイカラリ・オノイェ・エエン!!」
 カンナカムイが咄嗟に背中の円環を投げつけ、回転した円環が電磁フィールドを形成する。電磁層に阻まれた火球は次々と爆発を起こす。
 一方でルシファーの剛腕は相変わらずの脅威で、距離を取っても伸びてくるので横に躱すしかない。私もいくつか矢を放って応戦するけど、早々致命傷は与えられない。それに加えてルシファー本体と七賢人が追撃を加えてくる。
「ピュール・アトモス!!」
「ウィスカ・クーゲル!!」
 七賢人の一人が放った炎がスリスの水円盤とぶつかり合う。そこへ別の七賢人が、両手で何かを捏ねるような動作をする。
「――――――パンタ・レイ」
 水は熱により水蒸気となり、双方は霧散する筈だった。しかしぶつかり合った瞬間に水円盤は急激に圧縮され、再び解放されて核分裂反応を誘発させた。
「くッ!ファリガ・トリスケル!!」
 超高熱から皆を守る為、スリスは竜巻状のジェット水流をいくつも呼び出す。地面から突き立つように渦を巻く水流の柱が何本も現れ、爆発力を緩和した。
「蓮見、俺と交代だ!」
「承知!」
 空を飛ぶ下級悪魔の一体を懐から取り出した小太刀を投げ付けて倒したものの、それ以外に有効な攻撃手段を持たない蓮見と佐伯君が役割を入れ替える。ちなみに蓮見は例の『多田市郎(ただいちろう)』さんの人格になってるらしいけど、既に誰も気にしてはいない。佐伯君は佐伯君で何故かゴーグルみたいなものを装着していた。
「オラオラオラ!!」
 89式小銃からバラ撒かれた弾丸が数体の下級悪魔を捉え、パイロキネシスが発現する。残りの悪魔達はたまらず散開し、攻撃目標を佐伯君へと切り替える。
「そうはさせねえって!これでも喰らえよ!!」
 佐伯君は黒い筒みたいなものを懐から取り出し、金具を口でくわえて外すと上空の下級悪魔達に向かって投げ付ける。
 ズバン!!
 突如、強烈な光と音が悪魔達の視覚と聴覚を麻痺させ、動きを止めてしまう。
「隙だらけだぜ!!」
 ガガガガガッ!!
 容赦なく放たれた無数の弾丸と発火能力により、下級悪魔達は全て掃討された。どうやら佐伯君はこういう戦い方で真価を発揮するみたいだ。
 しかしそんな一瞬に人は油断するもので、全くの無防備となった隙を突いたバティンの
「――――――先んじて」
 長距離からの短剣が
「後とするべし」
 皐月さんによって防がれた。
 バティンの持つ能力は瞬間移動らしく、唐突にこの場に現れる。ただしルシファーの背後へと。
「ルシファー様。準備整いましてございます」
「ようやくか。まずは上にたむろしている天使共からだ」
「御意」
 突然の二人のやり取りに何事かと注視してしまう。するとバティンは両手を前に掲げ、何やらエネルギーを手先に集中する。
「現れ出よ!転移門よ!!」
 ズシン!!
 突然、私達の背後に巨大な門が現れる。石造りのように見えるこの門は、丁度階段の幅と同じ幅を持っていて、私達がこれまで通りに撤退しながら戦う場合、この門を潜らなくてはならなくなる。何故だか、この門を潜ってはいけないような気がする。
 ルシファーは両腕を足の代わりにして、門を目指して突き進んで来る。巨体の圧迫感を前に横を避けるか後退するか悩みどころなんだけど、ここで私は自分でも意外な行動をした。
「みんな横へ跳んで!門を潜っては駄目ッ!!」
 そう叫びながら横っ飛びに階段から飛び出し、20メートル近い高さから躊躇無く飛び降りる。それを見た佐伯君が猛烈に首を横に振る。
「ばっ!無理だって!少なくとも俺には無理無理無理ッ!!」
「うるせえ早く飛べ」
 ガンッ!
「うおおおおっ!?」
 愚図る佐伯君のお尻をいつの間にか人格が戻った蓮見が蹴っ飛ばし、無理矢理階段より落としてしまう。そして自分もさっさと飛び降りて、ルシファーの体当たりから間一髪身を躱す。他の皆も全員飛び降りていて、ルシファーは門の中へとその巨体を潜らせるに至る。
「くッ!?転移したか!」
 空中から一部始終を見ていたラビエルは門に入るや姿を消したルシファーを見て、悔し気に呻く。方や私達はスリスが水たまりを着地地点に作り出してくれたおかげで、怪我一つなく着地していた。
「では私も失礼しますよ」
 残るバティンは転移門を使わず、おそらく自身の能力である瞬間移動にて姿を消す。自由自在に瞬間移動が出来るとすれば、これはとても厄介な能力だ。
「早くルシファーを追い掛けなくては。間に合えばいいのだが……」
「待て。お前一人行ったところで戦力的に厳しいだろう」
 慌てて追い掛けようとするラビエルを、アヌビスが制止する。しかし居ても立っても居られないのか、ラビエルは眉を吊り上げて抗議する。
「ではどうしろと言うのだ!私の飛行速度でも1時間近く要するのだぞ!」
 大雑把な計算になるけど、単純にこの円筒の中心へと向かうならば、半径400kmなので東京から神戸までをジャンボジェット機で移動する時間がおよそ1時間。ラビエルの飛行速度がどの程度かは分からないけど、おそらくジェット機などとそう変わらないと思う。
 黙って二人のやり取りを聞いていた蓮見が遠慮なく割って入る。
「こうなったら空飛べるヤツが、最小限の数を抱えて飛んで行くしかないだろ」
 その言葉にカンナカムイが頷く。
「そうだな。しかしその気になれば、全員抱えて飛ぶ事は出来る。だが当然、速度は大幅に落ちる。速さを犠牲にせずに飛ぶならば、一人しか連れていけないぞ」
 慌て気味だったラビエルもそれに同意する。それで大方の方針が決まったと判断したのか、さらに蓮見が続ける。
「問題は誰と誰を連れて行くのか、だ。この二人ならルシファーを倒せる可能性が一番高い、ってヤツを選ぶべきだ。俺は崎守と伝一郎さんがいいと思う」
 蓮見の提案に今度は叶さんが答える。
「そうね。二人なら敵の急所も分かるし、何より遠近両方で連携が取れるからバランスもいいわね。私も賛成」
 他の皆も特に反論は無いらしく、これで意見はまとまったようだ。
「そういえば、さっきは何であの門に飛び込むなって言ったんだ?あれに入ってれば同じ所に転移出来たんじゃないのか?」
 先程の判断に疑問を感じているらしく、佐伯君がそんな事を言ってくる。
「同じ所にって、そんな保証は無いでしょ?それに瞬間移動って失敗するとおっかないみたいだよ。転移したら石の中だった、とかさ」
「うわ、それは勘弁だな」
 私の答えに佐伯君は一応納得をしたようだ。でも本当のところはそれだけじゃなくて、何か得体の知れない不安を覚えたからだった。とは言っても口で説明出来るものでも無いので、敢えて黙っておく。
 次いで爺ちゃんが意味深な事を言う。
「いいか、我々の本来の目的は静を取り戻す事にある。それを第一に優先して考えて行動するんだぞ」
 私はラビエルに、爺ちゃんはカンナカムイに抱えられて空へと舞った。


 途中、暗黒瘴気に巻かれながらも何とか無事に脱し、まずは頭頂部の構造体へと到達する。巨大な台形の円錐、円錐台(えんすいだい)の形の構造物は底面が直径にしておよそ1kmあり、上部は200メートル程度あった。高さは100メートル程度。そんな構造体がいくつも連結されていて、一体何の意図があって作られたのかと疑問を持つ。
「これらは全て管理ブロックだ。大方の情報はここに集積されている筈だ」
 私を抱えて飛ぶラビエルがご丁寧な説明をしてくれる。
「それじゃ、ここ破壊されたらどうなるの?」
「いや、これらは破壊されても復元されるようになっている。神域自体がそうなのだ。主神がいる限り、損なわれる事は無い」
 何ともまあ、便利な機能だ。形状記憶合金とかそういうのとは、全く違う原理なんだろうな。
 しばらくそんな光景が続くと、今度は中心に近づいたらしく、さらに大きな円形の構造物が霞んで見えた。まるで何かの舞台のような構造物で、いくつか放射状に階段が延びている。階段はどうやら円筒の外壁の螺旋階段と繋がっているようで、まさにこの円形構造物こそが目的地なのだと分かる。
 そしてその上で、いくつかのエネルギーがまさに消失していくのが感じ取れた。巨大なエネルギーが暴れ回ればその度に小さなエネルギーが蹴散らされ、肉眼でその光景が見える頃には、全ての決着が着いていた。
「ふははは。遅かったでは無いか。残る天使は最早お前だけだぞ、ラビエル」
 ルシファーと配下の悪魔達がこちらを見て笑う。舞台上に鎮座するルシファーだけで無く、空を舞う何千という数の悪魔達。その中には500万クラスの悪魔も存在する。
「こちらも大分数を減らしてしまったが、これだけ戦力が残っていれば、バベルの塔に君臨するイシュタルを叩き潰すのも容易い」
 その言葉を聞き、私は当初の想定と状況が違っている事を悟る。当初の想定ではこのエ・テメン・アン・キにイシュタルがいると考えていた。バベルの塔の存在は把握していたものの、あくまでそれは天使達の領域として区別していた。それがイシュタルによって天使達は追い出され、、当のイシュタルはバベルの塔を掌握。ラビエルも言っていた事だったけど、これで疑う余地は無くなった。
「間に合わなかった……これで天使は私だけか」
 仲間を全て失い、ラビエルは意気消沈しているように見える。そんなラビエルの姿を見て何か思うところでもあったのか、ルシファーは両手を拡げて大仰な仕草で口を開く。
「元々、天使だの悪魔だのと言った区別がおかしいのだ。我々は本来、等しく神々なのだからな。ましてやラビエル、今やお前はこの地獄へと叩き落とされ、エネルギーの供給も地獄より得ている状態だ。それは既に、我ら悪魔と同じでは無いか。そんなお前を見ていると哀れにさえ思うぞ。そこで提案だ。敵対するのを止め、これからは共に歩もうでは無いか。仕えるべき主も既におらんのだからな」
 ルシファーの弁舌に、ラビエルの顔が歪む。それは嫌悪なのか感情の飽和なのか見て取れる範囲では分かりにくいけど、何も言い返せないのは多少なりとも共感する部分があるからなのか。しばし無言のままだたラビエルだったけど、構造体の上に私を降ろしてからルシファーを睨む返す。
「……ならば何故、我々と敵対したと言うのだ?いや、よそう。今更何を言ったところで結果が変わる事は無い。大事なのは大義だ。ルシファーよ、お前の大義はどこにある?」
 ラビエルの問いに対し、ルシファーはゆっくりと目を閉じて答える。
「……我々はかつて、完全なる世界を目指そうとしていた。その理想の前では誰が玉座に座ろうと、全く構わないと思っていた。だが世界は分断された。我々は世界を取り戻すのだ!」
 ルシファーの高説を聞き、ラビエルは天を仰いだ。
「……それがお前の目指すものか。世界を取り戻した後はどうするのだ?それでは世界征服を企む、どこぞの独裁者と何も変わらん!やはりここで雌雄を決するしか無い!!」
「残念だぞラビエルよ。だが頑固な貴様の事、そう言うだろうと思っていたぞ。いいだろう!貴様を葬り、天使という存在は消えて無くなるのだ!!」
 物別れに終わった二人の主義主張。なんだか勝手に話が進んで勝手に話が終わってしまい、いささか理不尽さを感じてしまう。それでもラビエルとの共闘を選んだのだから、ここは戦うしか他に無い。
 カンナカムイも爺ちゃんを降ろしてルシファーに立ち向かう。まずはラビエルが先手を取った。
「早々に滅殺兵器で決着を付けてやる!行くぞッ!!――――――ラハット・ハへレブ・ハミトゥハペヘット!!」
 両の手に召喚した一振りの炎の剣が頭上に向かって長大な火柱を上げ、猛烈な火炎が吹き荒れる。ラビエルに襲い掛かろうとした数十体の下級悪魔が炎に呑まれ、それに構う事なくルシファー目掛けて振り下ろす。
 それに対してルシファーも、巨人の両手を地に付けてエネルギーを解放する。
「今こそ唸れ、タルタロスの巨人よ!ダナイデス・ペンテコンタ・アンフォラ!!」
 巨大な手が頭上へと振り上げられ、それと同時に壷のような形状の物体が50個も周囲に出現する。壷の脇に空いた無数の穴から撒き散らされる水はまるでスプリンクラーのようだけど、あの程度の水量で相殺出来る炎では無い。
 ドンドンドンドン!!
 突然響き渡る大音響の爆発音。壷から噴き出した高熱の蒸気が爆発を起こし、壷の中から砲弾のようなものが飛び出した。合計50発もの砲弾がラビエル目掛けて飛び、両者は互いの滅殺兵器で相打ちになってしまう。
「ぐおおおおッ!!」
「あああああッ!!」
 ラビエルの放った炎の柱はルシファーの巨人体の右腕を消し炭に変え、ルシファーの放った50発の砲弾は、ラビエルが六枚羽で咄嗟に身体を覆い隠した事でダメージがいくらか軽減される。それでも滅殺プログラムによる損傷は修復不可能で、ラビエルは六枚羽のうち四枚を失う結果となってしまった。
「単純な力比べで勝てると思ったか?愚か者め!このまま削り殺してくれる!!」
 壷から再び50発の砲弾が発射され、ラビエルは慌てて回避運動を取る。空を埋め尽くすような砲撃の嵐を前に、手も足も出ない。
「くッ!こいつ邪魔だな!!」
 カンナカムイもルシファーに反撃しようとしたものの、突如現れたバティンの変幻自在の瞬間移動を用いた転移攻撃に手を焼いていた。ならば私と爺ちゃんの二人で、この状況を打破しなくてはならない。
「――――――ふっ!」
「うがッ!?」
 和弓に番えた白銀を放つと、狙い違わずルシファーの頭部を貫通する。一瞬動きを止めたルシファーに爺ちゃんが駆け寄る。ルシファー本体が一時的に死んでも、七賢人が目を光らせている。爺ちゃんの接近はその一人に察知され、巨人の残る左腕が唸りを上げて襲い掛かる。
「ふんッ!」
 咄嗟に跳躍して放った逆さ反転斬りが、巨人の左手首を斬り落とす。
 天仰理念流多刀曲芸・双蜻蛉(ふたとんぼ)。居合の切り蜻蛉を二刀で行う離れ技。右腕ばかりか左手首まで失って、貫通した矢を自力で引き抜いて死から復活したルシファーはこちらに攻撃を割り振る。50個の壷のうちの10個程を爺ちゃんに向けて砲弾を放つ。
 ドンドンドン!!
 次々と放たれる砲弾が構造体の床に直撃し、黒煙を上げて爆発する。しかし二本の刀を操る爺ちゃんは二重分身による時間差回避を可能としていて、完全に直撃しない限りその姿を捉える事は出来ない。接近する爺ちゃんに七賢人が炎やら風の刃やらを放ってくるけど、その全てを躱しきって巨人の内懐まで肉迫する。
「そんな大きな服を着ていては動きにくいだろう。俺が軽くしてやるぞ」
 何とか迎撃しようと拳を失った左腕が、フック気味に爺ちゃんに襲い掛かる。その左腕に飛び乗って巨人の身体を駆け上がり、爺ちゃんは七賢人の一人の首を斬り落とした。
「うおッ!?おのれッ!!」
 その巨大さがかえって仇となって思うように迎撃出来ないルシファーだったけど、両掌を合わせて例の光の技を使おうとしている。それを私の弓が放つ白銀が阻む。爺ちゃんはそうしている間に次々と七賢人の首を落とし、残すは本体のルシファーのみとなった。
「これで終わりだ!」
 巨人の鎖骨辺りから跳躍した爺ちゃんの刀がルシファーの首を狙う。
「ええい、やむを得ん!」
 バッ!!
 ルシファーが突然、背中の翼を拡げて飛ぶ兆候を見せる。しかしルシファーの下半身は巨人と同化していて、とてもじゃないけど飛べるとは思えない。しかし驚く事に同化していた肉体が変化を起こし、何とルシファー本体が巨人と分離してしまった!
「貰ったぞルシファー!!」
 そこへ炎の剣を振りかざしてラビエルが飛び掛かる。
「バティン!!」
 ルシファーは何故かバティンの名を呼び、それにバティンが答える。バティンの力で突如姿を消したルシファーが、一瞬後にはラビエルの懐に入っていたのだ。
「くッ!離せ、ルシファー!!」
 ルシファーに抱きつかれ、ラビエルが空中で暴れる。もつれ合って右往左往する二人に、今度は数多の下級悪魔が群がる。まるで団子のように塊となったラビエル達。その近くにバティンが瞬間移動で現れる。
「逃がさん!ニシコトロ・ウトゥル・カラ・カンナアリキ!!」
 天地を引き裂くような雷撃がバティンの身体に直撃するかと思った瞬間、突如としてカンナカムイの眼前に巨大な何かが現れる。
「なッ!?」
 それは、巨大な『門』であった。50メートル以上の高さの門の扉が徐々に開いていき、完全に開かれる。ラビエルを拘束したルシファー本体はその門の中へと飛び込み、姿を消してしまう。同時に門の中に見える空間が歪み、目前にいたカンナカムイを呑み込む。
「うわああああッ!?」
 総エネルギー1億を誇る主神の力を持ってしても抵抗出来なかったのか、為す術無く吸い込まれて消えてしまう。そして私達もまるで掃除機のように吸い込まれようとしている。
「何!?何なの一体1?」
「くッ!こいつは『門の神』だ!!」
 爺ちゃんの気になる言葉を最後に、私達も歪な空間へと吸い込まれてしまった。


第十二話・荒神復活
ラビエル
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