Sick City
第二章・撤退戦術

「……えっと、早速お出ましでありますか」
  私の呟きに、叶さんも冷や汗を垂らしながら苦笑する。
「しかもご丁寧に、復活怪人総攻撃ってノリよねえ。きっと今回のコンセプトは戦隊モノなのね〜」
「何か色々といけない発言をしている気が致しますが……。しかしただの人間、と言う訳では無さそうではありますね」
 初顔合わせとなる美雪ちゃんは未だ人間形態のまま、油断無く相手を見据える。
 既にここは諏訪湖沿いのあの公園。
 叶さんが一般人を遠ざける為のお札を各所に配置し、私が『波定陣』によるレーダー網を敷設しつつ湖畔沿いのレンガ畳の散歩道に差し掛かると、何と四名もの敵対者が迫っていた。
 公園を所々照らす街灯、そして既に夕闇に包まれた中で、前後を挟まれた格好で敵と思しき者達は接近してきていた。果たして逃げるべきか、それとも留まるべきか。しかしその答えは既に出ているのだ。
 それは迎撃。
 最大戦力として前線に投入された以上、最大限に暴れてこちらに敵を引き付けなくてはならないからだ。
 かくして接敵。
 そこに現れた四名の敵の姿を見た瞬間、私と叶さんは同時に驚いたのだった。
「……ボクサー探偵。確か鳴神さんだっけ?」
 私の誰何の声に呼ばれた男――鳴神は真っ先にボクサー特有の構えを取った。
「……久しぶりだな。よくあの空飛ぶ蛇を相手に生き残ったものだ。おかげで俺の仕事はこうして続いている。そちらの女も健在で何よりと言わせて貰おうか」
 強烈なプレッシャーを発する鳴神の言葉に、叶さんの背が震える。
「ふ、ふふふ。まあアンタと再び対峙する事になるとは思ってなかったけど。それよりアンタ達、まだウロチョロしてたのね」
 鳴神から目線を外した叶さんが問うた相手、丁度反対側に立つ三名の女達がそれぞれの得物を握りしめ、一歩前へ踏み出る。
「ふっ。我ら姉妹の悲願がようやく叶ったのだ。後は『連中』の望みに応える番となっただけの事。しかしかつて共闘したお前ならば、我らの実力は推し量れように。何故敵対するのだ?」
 場違いとも思えるメイド姿にナイフ二刀流の女。
 かつて教会で、あのバロールと戦う前に渡り合った女達が立っていた。
「あれ? 叶さんもあいつら知ってるんだ?」
「ん、まあね。一緒に悪巧みした相手って言うか、多分どっちも誰かの掌の上で踊らされていただけなんだろうけどね。御空ちゃんも知ってるって事は、既に戦ってるのね」
 そう、私は戦っている。
 しかしあの時、多少手加減したとは言え、このナイフ女は頭頂部へ『踏脚』の一撃を受けて重傷を負った筈だ。
 あれからまだ一ヶ月も経っていないのに。
 私の怪訝な表情から何かを察したのか、叶さんは相手の動きを目線で牽制しながら驚くべき情報を伝えてくれる。
「あいつら倒した筈なのに、何でピンピンしてるのか不思議なんでしょう? あいつらはね、『半神』とか言う存在らしいわよ?」
「岡田、掛布、バースの黄金時代ですか」
「そうそう、ちょうど三名だからね。って御空ちゃんって時々古いネタ出てくるわよねえ……。そうじゃなくて半分神様で、半分人間とか言うチートヤロウの事。あいつらは何度倒されても生き返ってくるのよ。どんな原理なのかは判らないけどね」
 成る程、それでか。
 かつて零ちゃんに倒され、そして私にも倒され。神様なんて存在がゴロゴロいるんだから、半分神様なんてのもいて当たり前なんだろう。しかしここに鳴神と、メイド女三人衆が揃っているって事は。
「あんた達、どうやら同じ雇い主みたいね。それが揃いも揃って出てきたって事は、手持ちの手駒全てを投入してきたって見ていいのかな?」
 こちらが場所を移した途端に動き、複数の相手が現れた。今までとはまるで違う対応をしてきたとなると、何か相手の方も事情が変わったのだろうか。しかし、それを聞いた鳴神が僅かに首を横に振って否定の意を示す。
「……言っただろう。『悲願が叶った』と。正確には俺は違うのだが、要するに俺達は以前の俺達では無くなったと言う事だ。さあ、もういいだろう。ここからは俺は人を捨てる!――ヤイ・キ・ヤイカラ!」
 途端、鳴神の全身が『雷光』を発して光り輝いた。
「なッ!?」
 急激に膨れ上がる膨大なプレッシャーを前に、今この瞬間こそが無防備と判断、即座に背中から『白金(しろがね)』を取り出して番え、次々と速射する。だがそれは、全て鳴神の発する雷撃によって弾き飛ばされてしまう。溢れ出すのは――膨大な『神気』だ。
 そしてさらに背後で。
「皆さん! どうやらこちらも同じく!」
 私の背後を守っていた美雪ちゃんが警告する。肩越しに背後を見れば、あのメイド三人衆もまた、膨大な『神気』を発していた。
「ははははははッ! そうだ! とうとう我らは己が半身を取り戻した! 後は『ティル・ナ・ノーグ』を掌握するだけだ!」
 神域『ティル・ナ・ノーグ』――その名は確か、美雪ちゃんが関係してはいなかったか?
「ッ!? 三姉妹! まさか!?」
 何か思い当たる節があるのか、美雪ちゃんの顔に焦燥の影が浮かぶ。叶さんと私は鳴神に対峙し、美雪ちゃんはメイド三姉妹を注視する。鳴神の全身から発していた雷光は眩い閃光と共に拡散し、メイド三姉妹はそのメイド装束を内側より弾き飛ばして正体を現す。
「フンッ! ハアッ! ハアアアアアアアアアアッ――セイッ!!」
 交差した両手から迸るのは雷。
 大きく水平に伸ばした手刀が空を切り裂き、両の拳が電撃を発しながら連続で突きを繰り出す。さらに大きく蹴り上げた右足は天高く伸び上がり、天との間に雷光が迸る。最後に身体をぐるりと横回転し、『サンダー・ストレート』が炸裂する。
「あ、あんた一体…」
 絶句する叶さんの声に応えるつもりでも無いだろうが、鳴神『だった』者が敢然と名乗りを上げた。
「我こそは雷神。雷神カンナカムイよ! 貴様らに恨みは無いが、今度こそは決着を付ける!」
 雷神カンナカムイ。
 アイヌの伝承によれば天上にて一番の荒神であると言われ、雷神であると同時に竜神でもあると言う。アイヌ語で「上方のカムイ」という意味を持ち、高位の神であるとされる。
「雷神カンナカムイですって……!? ちょっと待ってよ。こっちの味方に風神レラカムイがいるのよ!? 何で敵対しなくちゃならないのよ!」
 叶さんの必死の訴えに、半裸に刺青姿の雷神が僅かに怪訝な表情を浮かべる。
「……ほう、アイツめ。先に現世に召還されていたのか。アイツの情報網を持ってすれば俺の復活も直に知られよう。だが、それがどうした? いくら同族とは言え、一枚岩だと思っているのなら大間違いだ。それに神としての格は俺の方が上よ。アイツに遠慮する必要などないのさ」
 一方、メイド三姉妹だった者達は背に黒き翼を持ち、それぞれが今まで所持していた得物を相変わらず持ったまま、僅かに滞空しつつ美雪ちゃんを見据えていた。
「刮目せよ! 時、ここに至りて我らバイヴ・カハのかつて無い力の迸りを!」
 ナイフ女だった者の歓喜の叫びが、神気によって大気を震わせる。
 バイブ・カハ。
 それは確か、スリスと同じくケルト神話の神では無かっただろうか?対する美雪ちゃんも即座に神の力を解放し、諏訪湖の水が濁流となって美雪ちゃんを飲み込む。膨大な神気を纏った水神スリスが三姉妹の前に立ち塞がる。
「バイヴ・カハ。かつて戦場において、戦の趨勢を操り、歴史に介入してきた闘争の女神達。灰色のモーリアン、真紅のマッハ、狂乱のネヴァン。しかし何と愚かな。貴女方が加担しているのは、あのバロールを擁していた勢力なのですよ? マッハ、それにネヴァン。貴女達二人はバロール最強の能力、幻想種の霊『黒竜クロウ・クルーワッハ』の滅殺能力により殺された筈。ですのに、どうして外道の神の手先となるのです?」
 スリスの問い掛けに応じたのはナイフ女では無く、トンファー女とブーメラン女だった。どうやら彼女達がマッハ、ネヴァンという事らしい。となると、必然的にナイフ女がモーリアンという事になる。
 それにしてもバロールに獣神としての能力があったとは。もしかして、私が勝てたのは幸運だったのかも知れない。しかし二人の女神は特に何とも思っていないのか、薄い笑みを浮かべて嘲笑する。
「ふっ、そんな大昔の事など気にしていてどうなるというのだ。それよりも我らは勝利せねばならない。外道の神の手先? だからどうした。あちらが我らを利用しているのと同じく、我らも連中を利用しているに過ぎん。貴様のような地方神が神域を掌握しているのは問題だ。我ら力ある神によって維持されるべきでは無いか?」
「ならば共同で管理すれば良いだけでしょう? 何故、戦う必要があるのです!?」
「ふん。今の我らは外道の神によるエネルギー供給を受けているのだ。このままでは奴らの先兵となって使い捨てられるだけだ。より上位のアクセス権限を持つ我らで無くては、神域の真の力は引き出せぬ。つまり、貴様は用無しという事だ」
 随分と酷い言われようである。皆同じ顔してるから誰が誰だか判んないなあ、なんて思っていると途端に『虫の報せ』が脳内に閃く。トンファー女がマッハ、ブーメラン女がネヴァンだそうだ。
 それにしても、敵の戦力は明らかに今の私達には手に余る。カンナカムイのエネルギー総量が約5000万、バイヴ・カハ達はそれぞれが約3000万前後。対するスリスは約2000万。この彼岸の戦力差を埋めるには、何か戦術を考えなくてはならない。
「こうなったらやるしか無いよ! ゆきちゃん! そっちの三姉妹はお願いね! きっと湖が味方してくれるから!」
 バイヴ・カハは翼を持っている事から、おそらく空中戦が主体だろう。ならばスリスの本領が発揮出来る水中ならば敵も相当手こずる筈。ゆきちゃんと戦った私だから判る対潜戦闘の難しさ。これは言わば爆撃戦闘機と、隠密性はピカイチの潜水艦との戦いと例えると判りやすい。お互いに決定打を打てず、千日手となる公算が高い。
 問題はカンナカムイへの対抗策だ。
 人間『鳴神真悟』の時でさえ楽に勝ったという訳では無かった。それが神となった事で、どれだけの力を発揮するのか見当も付かない。
「判りました。こちらは任せて下さい。さあ、バイヴ・カハよ! 同じケルトの神同士、せめてこの手で二度と覚めぬ永劫の眠りへと送って差し上げましょう!」
 私の意図を察したのか、スリスはバイヴ・カハ達を挑発して湖へと身を投じた。しかしバイブ・カハの筆頭であるモーリアンの表情には余裕の色が浮かんでいた。
「成程、得意の水中戦闘で挑むか。だが忘れた訳ではあるまいな。このバイブ・カハの地獄が、暗黒地獄であるという事を!」
 バイブ・カハ達がスリスを追うようにして夜空へと飛び上がる。先んじて湖中で待ち構えるスリス。湖面が波打った瞬間、周囲が濃密な霧に包まれる。ただでさえ夜の為に視界が悪いのに、加えて濃霧による視界遮断。続けて湖面から、空中へ向けて数多の水圧カッターが放たれる。さらなる上空へと逃れるバイヴ・カハ達。
 一方、私と叶さんに対峙するカンナカムイの姿を改めて観察してみる。
 まず、両手に妙に機械的な篭手の様なものを装着している。さらに背中には8つの円筒状の物体が等間隔に連環状となって円形に連なっており、屏風絵における雷神の太鼓を彷彿とさせる。
「さあ、どうした? 掛かってこないのならば、こちらから行かせて貰うぞ」
 そう言うや否や、ゆっくりと両腕を突き出す。
「この篭手は『エシクキク・テクトゥマム』と呼ばれている。現代日本語に訳すれば「打倒する腕』というところか。俺の戦い方は基本的には変わっていない。だが――こんな事も出来る! モシリ・エン・カンナ・キ・チャプシトゥリリ!!」
 カンナカムイは両の拳を打ち合わせて雷を発生させ、電撃を纏った右拳を大きく振りかぶって大地へと叩き付けた。
「まずい! 叶さん跳んで!!」
「判ってる!」
 カンナカムイを中心として、半径20メートルの地面にショック性の高周波電流が流れる。地面はアースなので大電流の殆どが減衰してしまうが、スタンガンのように人体を麻痺させる程度の威力はあるのだ。私達とカンナカムイで間合いが開いていたのも幸いし、何とか二人共電流の影響下からの退避に成功する。
 だがそこへすかさず、叶さん目掛けてカンナカムイが間合いを詰めて来る。以前手合わせした時に、私よりも叶さんの方が倒しやすいと踏んだのだろう。
「叶さん!」
 急いで背中から白銀(しろがね)を引き出すが、カンナカムイの神速の動きには間に合わない。だが叶さんの方に目を向けると、何枚ものお札を持った両手が大地に付いているではないか。何か強大な力の塊が、地中より現れようとしている。
「お返しよッ! ――激震呪法・金剛砕ッ!!」
 突如、散歩道のレンガが弾け飛び、細長く尖った石の杭が何十本も叶さんの周囲から飛び出した。あわやカンナカムイの強化されたサンダー・ストレートが炸裂か、といったギリギリでのタイミングで発動した術がカンナカムイの全身を串刺しにする――かに見えた。
 驚くべき事にカンナカムイは絶妙な足捌きによって何十もの杭を躱しつつ、スウェーで即座に距離を取った。
「ほう。これは縄文の主神の力を受けているな? しかし、これ程強力な術を人間の身で行使するとはな。一体、どんなカラクリだ?」
 素直に感心しているらしく、カンナカムイの眼には好奇の色が見え隠れしている様に見える。確かにカンナカムイの言う通り、私自身も以前から叶さんの能力が上がっている気がしていて、心の隅に引っ掛かっていた。身体能力はそれ程でも無いけど、術の威力は格段に上がっていると思う。
「……ま、アンタなら判るかも知れないわねえ。この大和の主神はね、未だ健在だって事。それにレラカムイまで復活している。大地と、そして風の法力なら人間を介してるだけで、実際は神の力を借り受けているのよ。だから油断しない事ね!」
 成程、修験道の法術は神様から力を借りるとは聞いていたけど、神様自体が健在ならばその力は十全に発揮出来るのだろう。ただ、レラカムイが風の神だとは知っているけど、主神とやらが大地の神なのだろうか?
「いいだろう。人間相手とは言え、力を持つ以上は手加減はせん。いくぞ! ――ハラキ・ロプ・レプ!!」
 一瞬の雷光が瞬いた次の瞬間、叶さんを取り囲む石杭の数々が紫電を伴った高速の左拳による三連撃で粉砕されていく。あれは以前に見た『左のトリプル』だけど、その威力はかつてとは比べ物にならない。何せたったの三発のショートフックで叶さんの前面を阻む石杭が全て破壊されてしまったのだ。
 正直、とても強い。
 やはり接近戦となると、桁外れの強さを発揮するようだ。そして追撃は勿論あの技――。
「結界術・石塔陣(せきとうじん)!」
「イメラ・ロク・キク!!」
 カンナカムイのサンダー・ストレートが右肩口から放たれる一瞬前、叶さんの術が僅かに早く発動する。肉眼では捉えきれない必殺の拳が、雷を纏って爆ぜる。しかし、雷と衝撃は叶さんの直近の空間で拡散してしまい、僅かに空間を伝播した衝撃力が叶さんの身体を後方へと吹っ飛ばす。
 その際に残っていた石杭もあらかた吹き飛ばされてしまったが、おかげで叶さんは10メートル程飛ばされただけで済んだ。
「……いっつ〜、あ〜もう嫌んなっちゃうわ。結構自信のある結界だったのになぁ」
「……成程。石の杭がそのまま結界となっていたのか。修験道というのは応用力があるようだな。まさか俺のサンダー・ストレートの威力がここまで減衰するとは思わなかった。それも強化されているのにも関わらず、だ」
 この結果には私も驚いた。
 いつどのタイミングで加勢しようかと機会を伺っていたのに、ここまで叶さんは的確に対応しているのだから。やはり一度は手合わせをした相手だからだろうか?
 一方のスリスはと言うと、湖上に濃霧を発生させている為にこちらのレーダー精度が落ちていて、精細な情報は判らない。しかし水中を自由自在に動き回るスリスを相手に、空中のバイヴ・カハは攻撃手段が限定されてしまっているらしい。何せ一度、水面に着弾で波紋が浮く為に攻撃を察知するのが容易だからだ。
 ただ、これは逆の立場からも言える事だ。
 スリスの攻撃もまた湖面の動きから攻撃の兆候がある程度判るので、バイブ・カハ達にとっても回避は難しくは無いだろう。それに三人もいるのだから、それだけで有利だ。今はどうやら五分に渡り合ってるようだけど、戦闘が長期化すればスリスの方が不利になるかも知れない。こちらを片付けて、なるべく早く援護したいところだ。
「こっちに注意を向けさせないと、ね!」
 単調な攻撃では、スピードのあるカンナカムイには擦りもしないだろう。そこで白銀を立て続けに十回速射する。
 これぞ天仰理念流長遠射術・襖通し(ふすまどおし)が変形、蕪落とし(かぶらおとし)。
 蕪、すなわち野菜のカブを複数の足軽の頭部へと見立て、速射による連射攻撃で長距離から複数人の敵兵を討ったとされる妙技。襖通しが十本全てを同じポイントに射るのに対し、蕪落としは十本全てを散り散りに放つ。
「トゥペシ・カチョ・カラ・ウフイ――ケムカ・クリップ!!」
 迫り来る連続十本の白銀に対し、カンナカムイは背中の円環状の物体を咄嗟に掴み、前方へと投げつけた。
 すると膨大なエネルギーが電磁波となって円環に流れ込み、カンナカムイの盾となるかのように円環が回転する。途端、回転する円環が赤熱し、爆炎となって十本の白銀を吹き飛ばした。
「……それだけでは無いぞ? 滅殺兵器ケムカ・クリップ。その炎の輪は、あらゆる対象を燃やし尽くす!」
 カンナカムイの言葉通り、ケムカ・クリップと呼ばれた円環は突如として摂氏1万2千度という高熱に達し、その膨大な熱量による輻射熱によって周辺の大気が熱せられて水蒸気が発生、まるで陽炎のように目の前が揺らいで見える。迫り来る円環の脅威。しかし。
「私を忘れてもらっちゃ困るわね! ――激震呪法・溶岩流!!」
 叶さんの掛け声で大地が揺れ、迫る円環と私の間の地面から、突如として高熱のマグマが吹き出す。そういえば、マグマも同じく摂氏1万2千度。吹き上がる溶岩が円環を巻き込み、その勢いを殺した。
 これなら輻射熱を含めて安全圏へと退避出来る。素早く距離を取った私は次なる手を打つ。白銀と黒金、二つの矢を交互に取り出しては天空へ向けて次々と速射。さらに黒金をリカーブに番えて放つ。
「ふん、こんなもので! ヤカ・カラ・エロルン!!」
 カンナカムイの呼び掛けに応じ、溶岩に巻き込まれていたケムカ・クリップが回転力を上げてマグマを吹き飛ばし、カンナカムイを守るように前方に滞空する。それを確認して私は回れ右をして逃走した。
「逃がすと思うか! カンナアリキ・アニ・パカシス!!」
 突き出した両の腕を覆う金属製の篭手が部分的に開閉し、装甲板が展開。電磁波によるフィールドが瞬時に形成され、莫大な量の電力がフィールド内部に蓄積、帯電。それを一気にこちらへと放出する。
 指向性を持った電撃攻撃。
 しかし指向性を持つという事は、とどのつまり直線的な攻撃であり、その発動の瞬間さえ捉えれば私にとっては回避する事は難しくはない。側転宙返りで回避し、着地と同時に『仕掛け』が発動する。
 ケムカ・クリップによって弾き飛ばされた筈の黒金。だが黒金の特性の一つに、『射った後に一度だけ慣性力をあらかじめ設定出来る』というものがある。つまり、黒金は一度防いでも再攻撃が可能――まるでスクリューの如く回転する漆黒の矢はまるでホーミングミサイルのようにワインダーが掛かり、カンナカムイの右足に突き刺さった。
「ぐあッ!?」
 これで逃走の時間が多少は稼げる。しかし、一人だけ逃げたのでは叶さんやスリスが危険だ。正直なところ、敵の戦力は思った以上に強大だ。ここは一旦退いて、蓮見達の伏兵に期待したい。ならばここは逃げの一手だ。
「叶さん、ゆきちゃん!ここは一度退くよ!」
 叶さんは無言で頷き、水中のスリスに対しては湖面に浮かんだ黒金をアクティブ・ソナーにして私の声を発信する。これでスリスに声が届く筈。撤退戦は元々考慮されていたので、こんな時の為の逃走経路は考えてあり、各々が十分に理解出来ている。
 まず、現在位置は諏訪湖西部、岡谷湖畔公園。ここから国道16号線沿いに南東方向へ。茅野市へ出て茅野市運動公園を経由、その後は八ヶ岳方面へと移動する。佐伯君の狙撃ポイントは、おそらくは茅野市運動公園か、あるいは八ヶ岳中央農業実践大学。いくら何でも市街地で対物ライフルによる狙撃なんて洒落にならないし、ある程度見晴らしが良く、かつ、こちらの姿が視認し難いロケーションを選ぶだろう。
 問題があるとすれば移動手段だ。
 総距離にしておよそ28km。車で移動しても約一時間は掛かる見通しだ。スリスは川沿いに移動するからいいとして、私達が問題だ。勿論、車は用意してある。蓮見が何処からか調達してきた陸上自衛隊73式(ななさんしき)小型トラックが、公園の駐車場に置いてある。カンナカムイが追い付くまでに、何とか駐車場に到着しなくてはならない。
 しかし相手は神。
 例え脚を怪我してようがすぐに回復するだろうし、おそらく空だって飛べる。こちらは逃走しつつも攻撃を加え、相手の足止めをする必要があるだろう。
 実は、その為の布石は既に打ってある。天空へいくつも射ち出した白銀と黒金。これらは未だに死角に存在しており、まだ実体化させてはいない。逃走経路には必要十分の白銀が敷設されているので、足止めは無理無く行える。
「そんな訳で早速! ――兵法陣立・百花繚乱(ひゃっかりょうらん)!」
 無窮の空より来たるは白銀と黒金、二種類の矢が大量に、広範囲に渡って散開する形で地表へと降り注ぐ。二種類の矢が織りなす、地面に咲く白と黒のコントラスト。白銀はともかく、本来は対潜攻撃手段である黒金を地上で使う。直線的に飛来する白銀を躱しても、途中で軌道が変わる黒金は躱しづらい。
 案の定、カンナカムイは華麗なフットワークで白銀を回避したものの、混在する黒金のいくつかは喰らってしまっていた。
「くっ! 何だこれは!? こんな技があるとはな!」
 回避に手こずるカンナカムイが苦々しげな表情で毒づく。
 この隙に私と叶さんは距離を稼ぐ。目指す駐車場まではおよそ500メートル。
「何だかとんでも無い展開ねぇ〜。確認しておくけど、車で移動中は私は法術は使えないからね?」
 私に並んで走る叶さんが、念を押してくる。
「まあ何とかなるでしょ。そこら辺は考えてあるんだけどね」
 そうやって会話しつつも、時折立ち止まって百花繚乱を仕掛ける。いち早く駐車場に到着してもらう為、叶さんには先行してもらう。
 一方、スリスの方も水中を約43ノット(時速80km)で高速移動中で、バイブ・カハ達を上手く引き付けている。空を飛んでいる為にバイブ・カハ達の方が速度は出るのだろうけど、別に包囲出来る訳では無いので速度差はあまり関係無い。
 遊歩道を抜けて駐車場に辿り着くと、既に叶さんが73式のエンジンを吹かしていた。
「御空ちゃん早く!」
 叶さんの声を受けつつ助手席では無く、後部荷台へと乗り込む。ちなみに73式とは1973年に採用されたのでそう名付けられているのだけど、この73式は新73式というタイプだ。オープントップなので荷台は通常は幌で覆われているけど、この73式は幌を取り外してある。外見的にはジープみたいな形をしている。
 私が荷台に乗り込むのと同時、叶さんが73式を発進させる。
「さあ〜、いっくわよお〜っ!!」
 この叶さん、どうやらノリノリである。
「って、何でこんなもんまで用意してあんのよ!」
 荷台を改めてよく見ると、何と86mm無反動砲やらパンツァー・ファウストやら手榴弾やらが転がっている。いくら自衛隊にコネがあるからと言って、こんな装備を簡単に借りれるとは思えない。
 中座席右側に車載無線機が備え付けられているので、無線機を片手に蓮見を呼び出す。
「ちょっと! なんか車に武器があるんだけど!? どうぞー!」
 程なくして向こうからの通信が入る。
「――使っていいぞ〜。どうせ予算はあっち持ちだからな。以上、通信終了!」
 簡潔な応答だけで通信が終わる。
「……使っていいって言われてもなぁ」
 思わず、少し悩んでしまった。
 武器が多ければそれだけ戦術に幅が出る訳だけど、通常兵器では神を相手に足止め程度にしかならないだろう。それこそ、戦術核でも無い限りは。それでも使いようによっては役に立つかも知れないし、その時はその時だと開き直るしかない。




 73式が国道を走る。しかし周囲に人気は全く無い。
 これは叶さんがあらかじめ人払いの結界を各所に設置した為で、あの霊園で使ったものをさらに広範囲に渡って使っているのだそうだ。
 これだけ大規模な結界をたった一人で維持出来るのかと疑問に思ったものだけど、結界術もまた、神の加護を受けての術だそうで、特に体力や精神を消耗するような事は無いらしい。
「やっと追い付いてきたわね」
 心眼の超感覚で、カンナカムイのエネルギーが接近してくる気配を捉える。73式の最高時速は約135km程。とは言え、常に最高時速を叩き出せる筈は無いので、平均すれば80km程度で走っている計算になる。対して相手は空を飛び、常に最短距離でこちらへ接近して来る。
 どうやらカンナカムイは電気を操るだけあって、電磁波を用いたレーダー能力を持っているようだ。今まで対峙した神々と比較すると、能力の幅が多彩で応用も効く、中々厄介な相手だ。レーダー能力の精度にもよるけど、高空でじっくりと探査されればこちらの動きが簡単に判ってしまう。
 ただし、低空で飛行している今の状態ならば、かなり能力は落ちるだろう。何故ならば、障害物が存在する為に低空では電波が遠方まで届きにくいからである。
 考え方としては、テレビのアンテナを思い浮かべれば判りやすい。各家庭でテレビのアンテナは屋根に設置する。或は、東京タワーは当時最高水準の技術で持って、あれだけ高い鉄塔を作りあげ、高く遠くへと電波を飛ばす。または航空局のレーダー施設は山頂付近にある事が多い。
 すなわち、レーダー能力ならばこちらに利がある。
 対してあちらには、速度というアドバンテージがある。カンナカムイの飛行速度は約400km。レシプロ機並みの飛行速度で低空を機動しているのだ。人間サイズだからこそ出来る芸当だ。これがあのケツアルコアトルだったら、25メートルの巨体が邪魔になってここまでの速度は出せないだろう。
 こちらの5倍の速度で接近してくるのだから、これはたまらない。百花繚乱による足止めで、何とか帳尻を合わせている状況だ。
 やがて73式は茅野市運動公園へと入る。四輪駆動を活かして少々の段差は軽く踏破。
「――見付けたぞ! もう逃さん!!」
 陸上競技場のど真ん中、丁度良いタイミングでカンナカムイに追い付かれた。
「……こっちもね、アンタを待ってたのよ!」
 右肩に担いだ86mm無反動砲カールグスタフ――正式名称M3 MAAWS(Multi-Role Anti-Armor Anti-Personnel Weapon System)から対人榴弾が飛び出す。燃焼ガスが後方へ吹き出し、榴弾はカンナカムイの真上に飛ぶ。その砲弾としては比較的遅い速度で飛ぶ弾頭を、カンナカムイは余裕を持って待ち構えた。
「ふん、そんなもので神が倒せるとは思ってはいまい!」
 途端、カンナカムイの真上で榴弾が炸裂、対人榴弾は約6mmの弾子を約850個も360度全方位へとばらまき、カンナカムイの全身に雨あられと降り注ぐ。
「ふんッ! ニシコトロ・ウトゥル・カラ・カンナアリキ!!」
 カンナカムイの全身から雷撃が放たれ、周囲の空間に膨大な電気エネルギーが帯電。地表と成層圏の間で電磁力が働き、相磁極の反発力によって金属の榴弾が弾かれ、融解してしまう。まるで天地を引き裂く雷の柱のようだ。
「これしきの攻撃、我が雷の前には無力――」
 しかし――その瞬間、カンナカムイの右肩が爆発して吹き飛んだ。
 血と、そして肉が弾け飛び、ちぎれた右腕が地面に転がる。
「――ぐ、ぐおおおおおおおッ!?」
 残った左手で流血する右肩を押さえ、激痛に悶えるカンナカムイ。
 これが弓を使わず、わざわざ86mm無反動砲を使った理由だった。カンナカムイの注意を引き、電撃を使わせる。その一瞬、電磁波によるレーダー能力が著しく低下する。
 そこへ公園の何処かに隠れている佐伯君が、AW50による狙撃を行ったのだ。しかもただ対物ライフルで狙撃しただけでは無い。
 佐伯君の能力、『発火』によってエネルギーを増し、さらに超能力特有のエネルギーへの精神干渉によって、神のような情報生命体に有効なダメージを与える『プログラム』を付与する――言わば、人間による滅殺能力。
 これならば、単純な再生では傷は治癒出来ない。神のような情報生命体は、エネルギーに含まれる情報が欠損してしまった場合、その情報自体を修復しなくては根本的な治療にならないからだ。
 カンナカムイの転がった右腕が跡形も無く消滅し、右肩からの流血も止まる。どうやら根本的な治療は一先ず後回しにして、応急処置のみ施したようだ。
「…くッ、そうか。伏兵がいるのか! やってくれる――む!?」
 カンナカムイが何かに反応するのと同時、私もレーダー網に接近する4つのエネルギーを捉えた。スリスとバイブ・カハ達がこちらへやって来るのだ。
 スリスは諏訪湖から市街地を流れる河川を伝わり、この公園の脇に流れる上川(かみかわ)から公園の敷地内に流れる用水路から上陸。
 それを追い掛けてバイブ・カハ達が空を飛ぶ。上陸地点は陸上競技場のすぐ傍、すなわち観客席の上にスリスが現れた。そしてそれを追う形でバイブ・カハ達も夜空に現れる。
 さて、ここまでは大方作戦通り――後は仕上げをご覧じろってね。
「全方位射撃展開! ――兵法陣立・千之乱れ(せんのみだれ)!!」
 各所に設置した白銀による誘導射撃。諏訪湖から撤退した事により、諏訪湖周辺の白銀と黒金が必要無くなったので、そちらの認識をカット。現世より消失し、死角に存在を移した全ての矢を今ここに集結させる!
「――なッ!?」
「これは!?」
「ぎゃあッ!!」
「な、何だ!?」
 四方八方、全方位から飛来する白銀と黒金。カンナカムイもバイブ・カハ達も、回避も防御も出来ない。全身を無数の矢に貫かれ、それぞれが動きを止める。さらにバイブ・カハの一人、マッハに佐伯君の狙撃が命中して爆発が起きる。
「がはッ!?」
 狙撃によってマッハの右の翼が吹き飛び、全身を矢に貫かれたまま地面に落下する。そこへ走り込んで来る、一つの影。その手に握られている直穂の槍はただ真っすぐに、標的目掛けて突き出される。
「ぎゃああああッ!!」
 マッハの背中、翼の間にある『経穴』を狙った一撃だった。だがその一撃はわずかに逸れ、使い手が僅かに顔を歪めてその場から飛び退く。次の瞬間、そこへ二本のブーメランが左右から通り過ぎていった。
「ちッ! 躱されたか」
 手元に戻ってきたブーメランを左右の手に受け止め、空中のネヴァンが悔しげに呟く。既に全身に刺さっていた十数本の矢は引き抜かれており、全くの無傷へと戻っていた。
「……残念。もう一度攻撃出来れば止めをさせたのに」
 悔しげにしながらも凛とした声音でそう応えたのは、槍を両手に構えた皐月さんだった。そしてその手にある槍は、少し変わった意匠をしていた。
 まず穂先の長さは刃渡りおよそ一寸四尺(約43cm)、柄の長さ1丈3尺(約3m90cm)もあり、相当の重量があると思われる。さらに穂には三文字の凡字が彫られており、その意味は『カ(閻魔大王)』、『キリーク(阿弥陀如来)』、『サ(観世音菩薩)』となる。
 あの槍こそは日本三大名槍の一つ、蜻蛉切(とんぼきり)。
 かの徳川家康の家臣、本多忠勝が生涯愛用したと言われる剛槍。作は村正一派の刀工、藤原正真(まさざね)の手による。蜻蛉切の名前の由来となった有名な逸話、曰く、戦場で槍を立てていたところに飛んできたトンボが当たって真っ二つに切れたとの所以である。
 しかし実の所、それは真実では無い。
 かつて本多忠勝と一騎打ちを行い、打ち勝った者がいた。その名は崎守零次(れいじ)。
 居合いの妙技、『切り蜻蛉』によってすれ違いざまに蜻蛉切の柄を断ち切った事から、本多忠勝が自ら自戒の念を込めて名付けたのだった。そして敗北によって崎守に協力し、『鬼退治』の一行に加わる事となった。
 また、本多忠勝は戦場でただの一つも傷を負った事が無いと言われ、それは『矛』の能力によるものだった。即ち、天逆鉾(あまのさかほこ)の人を導くという力、予知能力。
 その力は実際は予知能力と言うより、短時間内における未来予測。先程のブーメランを事前に回避したのも、その能力によるもの。数秒先の未来を見る事で結果を変える、因果改変がその本当の力。おそらく、近接戦闘において最強と言える程に強い。
 皐月さんがマッハから離れたからか、モーリアンがマッハの傍に降り立って負傷箇所の再生を試みる。そしてネヴァンが一人、皐月さんに相対する。
「――先んじて」
「人間如きが神を相手に勝てると思ってるのか! 喰らえ! クルヒー・ドゥー・タイワシェー!!」
「後とするべし」
 ネヴァンが何かをする前に、既に皐月さんは動いていた。10メートル上空にて滞空するネヴァン目掛け、何と棒高跳びの要領で飛び上がったのだ。その時点で皐月さんがいた辺りに黒い霧のようなものが発生したが、既に皐月さんは空中へと飛んでいた。
 4メートルを超える蜻蛉切の柄が軽くしなり、皐月さんの身体は6メートルを僅かに超え、そのまま蜻蛉切を振るう。風を切り裂くような音と共に切っ先がネヴァンの腹部を抉り、そのまま地面まで一気にネヴァンを叩き落とした。
「ぐがッ!?」
 陸上競技場の地面に全身を叩き付けられたネヴァンの叫びと共に、皐月さんも着地する。さすがにかなりの高さから降りた為に、自ら転がって衝撃を逃す。転がる動作と槍を引き寄せる動作が一体となり、立ち上がると同時に迎撃の構えを取る。
 一方、三姉妹との戦闘が皐月さんと佐伯君の連携攻撃へ移った事で、スリスはカンナカムイと相対する事になっていた。
「チェーダ・リンカ!!」
 スリスの全身から溢れ出した霧から、数十本の水圧カッターが放出される。
「ケムカ・クリップ! ヤカ・カラ・エロルン!!」
 それをカンナカムイは爆炎をあげる滅殺兵器ケムカ・クリップで蒸発させ、そのまま攻撃手段としてスリス目掛けて飛ばす。
「フィオンヌイッシュ・ア・デアナン・コープ!!」
 飛来するケムカ・クリップを前に、突如としてスリスの肉体が多量の水へと変化し、地面を水浸しにする。水そのものに意思が宿っているように、その場からするりと移動してしまう。
 意外な回避手段を前にして、カンナカムイは手元にケムカ・クリップを引き戻して水の動きを注視する。
「……水そのものへと肉体を変質させる、か。『真性変質』とまではいかないが、中々のものだ。水そのものは電撃だろうと炎だろうと滅する事は叶わん。おそらく蒸発して水蒸気になり、今度は霧へと変質してみせるだろうからな。しかしケムカ・クリップは滅殺兵器。当たれば水に変化しようとも完全に殺す事が出来る。だが、普通にやっては当たる事は無い。さて、どうする?」
 どうも頼みのケムカ・クリップを回避された事で、慎重になってしまったようだ。スリスもまた、肉体を元に戻して再び対峙する。
 同時に爆発音。
 皐月さんを援護する佐伯君の狙撃が今度はネヴァンに炸裂、どうやら佐伯君はバイブ・カハ達に対して翼を狙う事にしたらしく、ネヴァンは左の翼を失って地面に墜落してしまう。空へ飛ばれては皐月さんも対応が苦しくなるから、この判断は正解だろう。
 ネヴァンは皐月さんと佐伯君に任せておいても大丈夫そうだと判断し、私自身は73式の荷台の上からモーリアンとマッハに対して攻撃を仕掛ける。十連続速射攻撃。
 これぞ天仰理念流長遠射術・蕪落とし(かぶらおとし)。
「ちいッ!」
 マッハの翼を再生しようと試みていたところを攻撃され、モーリアンは再生を中断して一旦空へ。だが未だ右翼をもぎ取られたままのマッハは、得意の空中機動を封じられてこちらの攻撃に対応出来ない。
「うがッ!?」
 何とか足捌きだけで回避しようとするものの、こちらの正確無比な射撃の前に避けきる事は出来ない。十本の白銀の内、八本もの白銀をまともに喰らってしまう。
 両手両足それぞれ二本、これで動きを完全に止めた。後は必殺の一撃を、その翼の中間地点の『径穴』に叩き込むだけ――しかし、そこでマッハの身体から膨大なエネルギーが噴き出した。
「――我が身は元は、戦場で屍肉を貪るレイヴンであった。今こそ見せよう。『ワタリガラスの霊』の滅殺能力を!」
 途端、マッハの全身が闇に染まり――いや、アレはただ『黒く』なっただけだ――そして破裂する。
 無数の『黒』が宙空へと舞い、その『黒』は全てがレイヴン、ワタリガラスへと変化した。マッハは一瞬で百数羽のワタリガラスになったのだ。
「――デアナン・ポルシオン! フィアヒ・バズヴ!!」
 デアナン・ポルシオン(汚染変化)、フィアヒ・バズヴ(ワタリガラス)。
 脳裏にアカシック・レコードによる同時翻訳が閃くが、それがどんな技なのかまでは判らない。
 しかし、このままではまずい。
 今にも襲い掛かろうと羽ばたく百数羽ものワタリガラスを前に、私もまた、必殺の奥義を以て対抗するのだった。


第十話・剣聖無双
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