Sick City
エピローグ

 ミノタウロスという強敵を、退ける事に成功したのを改めて実感した俺達は、公園の階段に座ってしばらく落ち着く事にした。疲労感から俺に身体を預けたままのエリカを見て、俺は口を開いた。
「そういえば」
 少しばかりウトウトとしていたエリカだったが、俺の声が耳に入り顔を上げた。
「……はい?」
 少し眠そうな顔だったが、それでも何とか聞こうとしている事が判り、俺は話を続ける。
「本当は、レギンレイヴって名前なんだな」
 それはワルハラにアクセスした過程で判った事だった。エリカは苦笑いを浮かべて返事をした。
「……はい。でもそれは、神名ですから」
「何で教えなかったんだ?」
 俺は今まで、エリカがその事実を公表してこなかった事に、僅かばかり疑問を感じていた。大した事では無いのだろうが、何か意図があるのか知りたかったのだ。エリカは目を閉じてしばらく考えていたが、それでも静かに口を開いた。
「……私は人間としての自分が好きです。神であった頃の私には、あまり良い思い出はありません。戦いと死、そればかりでした」
「神であった頃の自分が嫌いなのか?」
 だが、エリカは俺の言葉に首を振る。
「そうではありません。確かにいい思い出は少なかったですけど、仲間がいましたから。でも今の私は人間として生まれ、人間として生きてきました。出来ればこれからも人間として生きていきたいと思ってます」
 そこまで聞いて、俺は何となく理解した。
「そうか。きっとその方がいいんだろうな」
 俺も人間としては少々特殊なのだから、気持ちは判る。大事な事は普通に生きる事であり、その普通と言うのが実は難しい。
「――今まで通り、エリカと呼んで下さい」
 そう言って、エリカは睡魔に目を閉じた。
 俺の肩に寄り掛かって眠りの世界に旅立ったエリカを見て、応えが返って来ない事を承知で返事をした。
「……そうするよ」
 俺は爆睡してしまったエリカを、背中におぶって家路に着いた。


第二話・獣神咆哮
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