Sick City

第一章・魔道解釈

「……その書いてある意味、レイジは分かる?」
 レミュエールに渡された一片の羊皮紙を読み終え、レイジはしばし考え込む。古代王国期の文字など読めるものだろうかと試してみたら意外と読める事に驚き、ついでにレミュエールの探し出したこの羊皮紙を読み進めたが、これがとんでもない内容だった。
「大体の意味は分かる。どうやら古代魔術とは、あの『不死の王』のさらに上位の存在であるケイ素生物の生み出したものらしいな」
「……そのケイ素生物っていうのがよく分からないんだけど」
 何度読んでもケイ素生物と呼ばれる者がイメージ出来ない。レイジに言わせればあのゾンビや不死の王がそうだと言うのだが、しかし同時に本質的には違うのだとも言う。
「俺も言葉の意味が分かるだけで、実際にそいつらを見た事がある訳じゃない。今までは空想上の生き物だと思っていたくらいだからな。それが実際に存在していて、ファンタジーの価値観をひっくり返すようなもんだったとは想像も付かなかった」
 最後の言い分はレミュエールにはよく分からなかったが、レイジもそれほど詳しく知っているという訳でも無さそうだった。
「これによればエルフも連中と同じような身体の仕組みを持っている、と書かれているな。エルフだけじゃなく、俺みたいな特殊な能力を持った者もこの範疇に入るようだ。簡単に言えばサイボーグみたいなものなんだが、さすがに意味が分からないか」
「むしろ簡単じゃなくなったわ」
「だろうな」
 薄々分かってはいた事だったが、レイジのような超能力者も脳の一部をシリコンニューロンへ置き換える事で力を得ている。回路設計の違いで能力にも違いが出るのだが、今までは古代魔術のように明確にケイ素生物へと変貌を遂げる目的がある訳ではないのでそのような認識が無かった。
 そもそも一部をシリコンニューロンに変質させていると言っても、それは完全なものではない。神経もそうだが、あくまで既存の細胞と共存して並行して作動しているのだ。通常の生体活動を行う場合は既存の細胞が活性化しており、あくまで能力を発動させる時に限ってシリコンニューロンは活性化している。
「それにしても、私のお父さんがこんな研究をしていたなんてね」
 レミュエールは今まで漁っていた部屋の中を見回し、そう漏らした。
 この部屋はレミュエールの死んだ父親の研究室だったらしく、レミュエールの持っていた魔道書に反応して壁の隠し金庫の扉が開いたのだった。そもそもはバンカーナック制圧後、市内の捜索活動に古代魔術を知るレミュエールを連れていたらこの部屋を城の一角に発見したのだ。
「こちらを見て。この書物は『エルフを使ったより効率的な魔術回路の生成』なんてタイトルが付けられてるわ。お父さんがなぜお母さんと結婚したのか、なんとなく分かった気がする」
 レミュエールの父親、スティール・ケイマンは魔術回路の研究者であった。初期の魔術回路では通常の神経細胞を使っていたが、そこに限界を感じた魔術師達は新たな回路設計を試みた。オカルト方面で有名な魔法円もその成果の一つであり、あの円は外部に象徴化した回路図であると言える。
 死んだ父親の知られざる一面を知った事で多少ショックを受けたのか、レミュエールは書物の文字を目で追いながらも何処か心ここにあらずといった様相であった。
 レイジはそんなレミュエールに気付いてはいたが、特に言うべき事も無かったので隠し金庫の中をさらに調べる。いくつかの書物と共に、ルビーがはめ込まれた金色の鍵が見付かった。
「これは例の紅玉の鍵ってヤツじゃないか? 何でこんなところにあるんだ」
 書物は魔術回路関係の研究について書かれたものなので後回しにして、この紅玉の鍵こそ最大の目的であったのでこちらについて調べようと考える。大きさは手の平より大きい程度で、おそらく表面に金メッキ処理が施されている。分からないのは王家の所蔵品と聞いていたのに、何故レミュエールの父親の隠し金庫に隠されていたのかだ。
 レミュエールの父親が王家に連なる者だったとしても、鍵を隠していた理由が思い付かない。この鍵がどこの鍵穴に合うものか分からないので中身の価値も分からず、これ以上考えても無駄だと悟った。
「これ以上は考えても仕方ないな。そろそろ戻るか」
 隠し金庫の中身を全て回収し、他には特に何も無さそうだったので部屋を出た。


 こうしてリュカリオン遠征は大成功で終わり、プレシアスとバンカーナックを版図に加えた事でメルトランデ国内は大いに盛り上がった。その後の占領活動は正規軍に任せ、傭兵団は次の戦場に向かう為にキバナへと戻っていた。
「戻って早々だが次の作戦が決定した。今度は長年の懸念であった隣国ハーシェルへの侵攻だ」
 駐屯地に集合した傭兵達を前に、キャンベルはそう宣言した。しかしリュカリオン遠征でまとまった金が払われる事が決定している今、傭兵達の反応は悪い。
「侵攻開始は一ヶ月後、それまで各自恩賞を受け取り、準備と訓練を徹底する事。以上、解散!」
 キャンベルの話の後はそれぞれに恩賞が与えられ、レイジ達は一人当たり金貨40枚を得ていた。最低でも20枚と言われていたので、これは破格の待遇であった。今回の彼らの貢献度がキャンベルだけでなく、騎士団のギュンター卿に認められた事でここまで増額された結果だった。
「俺達はこれで抜けさせてもらうぜ」
 金貨を受け取った後、メシェイラ達リュカリオンの子供達は傭兵を辞めると言い出した。
「これだけの金があれば、みんな何とかやってけるだろうしな。悪く思わないでくれよ」
「仕方無いだろう。こちらとしては足がかりは得たし、お前達をこれ以上付き合わせる意味もあまり無い。これからは真っ当な仕事で頑張れ」
 レイジはメシェイラ達の脱退をあっさりと受け入れた。一部始終を黙って見ていたリリーンネールが複雑な心境を口にする。
「随分とあっさり認めるのね。あの子達がいた方が本当は都合いいんじゃない?」
「確かにエルフの正体を隠す為の隠れ蓑として機能していたが、今後は南の宗教国家ペデスの出身と偽ればいいからな。それに今後は部隊を強化する為に、良い人材をスカウトする必要がある。こう言っては悪いが彼らでは物足りない部分があったからな」
 レイジのその発言で、今後の方針が部隊強化である事を知る。
「だったら、あの子達を鍛えればいいだけの話じゃないの?」
「いや、難しいだろうな。訓練とはその者のやる気が非常に大きなウエイトを占める。やる気の無い人間をいくら鍛えても、それはあまり意味が無い」
 傭兵とは金銭の為に戦う者ではあるが、元々は正規の訓練を受けた元軍人である場合が殆どだ。軍人として訓練を受けていた当時は少なからず国の為に尽くすという自負があるもので、それが厳しい訓練に対するモチベーションを下支えするのだ。
 それ故に何も経験の無い者がいきなり傭兵になるというケースは極めて稀なケースであり、リュカリオンの子供達が一人も欠ける事無く生還してそのまま引退出来るのはとても幸運な例と言える。例えるなら初めてギャンブルをしてビギナーズラックで大当たりし、そのままニ度とギャンブルなどやらないと誓って足を洗ったようなものである。
「とうとう女の子だって打ち明けずに行っちゃったね」
 駐屯地を去って行くメシェイラ達を見送り、レミュエールがぽつりとそんな事を口にする。今後それぞれ別々の道を歩むのだろうから打ち明ける必要も無いと考えたのだろうが、メシェイラが性別を偽る理由を知る事無く別れる事になったので釈然としない気持ちが残っているのだった。
「去った者の事を考えてもしょうがないだろう。まずはワーキッシュに鍵を渡してから人材を探しに行こう」
 レイジはレミュエールとリリーンネールの二人を連れ、ワーキッシュに会いに盗賊ギルドへと向かった。盗賊ギルドはキバナの裏社会の窓口でもあり、その館は貧民街の中に建っていた。周りは祖末なバラックばかりだと言うのに、一つだけ大きくて立派な建物が建っているのでかなり目立つ。
「傭兵団キャンベルの元で働いている傭兵だ。ワーキッシュに鍵を届けにきた」
 盗賊ギルドの内部では受付らしいカウンターに厳つい中年男が座っており、レイジの口上を聞いて中に引っ込む。しばらくして戻って来ると、男は奥へ来るようにと一つの扉へ案内する。その扉を潜って廊下を進み、一つの部屋へと案内される。中は雑多な物で溢れてやけに散らかっていて、その中心にワーキッシュが座っていた。
「おや、アンタ達本当に来たんだね。紅玉の鍵を持ってきたって?」
「ああ。これだ」
 レイジが紅玉の鍵を手渡すと、ワーキッシュはそれを手に取ってまじまじと眺め回す。
「ふうん、これがそうかい。頼まれついでにもう一つ頼まれてくれるかい?」
「……聞いてから決めるがそれでいいか」
「そんなに難しい話じゃないよ。元々この話は、あたしも人から頼まれていたものでねえ。この鍵をそいつに渡してきて欲しいって事だよ」
 ワーキッシュの突然の話に困惑するレイジ。
「自分で渡せばいいじゃないか」
「あたしゃ身体動かすのが嫌いでねえ。そういうのは人を使ってやらせる主義なのさ」
「……まあ別に構わないが」
 ならば他の人間に頼めと言いそうになるが、ここで断っていらぬ諍いを生む必要も無い。そう判断して結局頼みを聞く事にしたが、内心ではその依頼主の顔を見るのも悪くないとも思っていた。
「依頼主は孤児院のボルガノっていうおっさんだよ」
「……孤児院?」
「おや、意外って顔だね。でもそうなんだから仕方が無い。何でか知らないけど、孤児院なんてやってる変わり者が依頼してきたんだよ。孤児院は壁外区にあるからすぐに分かると思うよ」
 壁外区とはキバナを囲む城壁の外側の街で、主にキバナの市民権を持たない者達が住む。市民権を持たないとは言ってもメルトランデの他の地域から来た国民であり、市内に住めないだけで仕事の関係でキバナに頻繁に通っている者達も多い。
「ああ、そうそう。一応頼みを聞いてくれた礼に、キバナの市民権が貰えるように申請してあげるよ。受付にいた男が書類を書いてくれるから、必要な人数をその男に言いなよ」
 ワーキッシュの申し出はとても破格なものであった。後から知った事であったが、ここキバナでは市民権の無い者は長期の滞在が出来ない決まりになっているとの話だった。レイジ達は一応は傭兵手形を持っていたが、これは駐屯地に限って滞在を許されるものであり、他の地区では長期滞在が出来ない決まりになっていた。
 市民権を獲得するにはこのキバナにとって有用な人材だと認められる必要があり、それは同じく市民権を持つ者によって推薦される。しかし誰でもいいという訳では無く、例えば商人や職人など、何らかの仕事で実績を持つ者の推薦である場合が多い。商人なら丁稚奉公に入って何年か下働きとして働いて信用を得た場合、職人ならば弟子に入ってやはり何年か修行をして親方に認められた場合など、大抵は数年の試用期間が必要である。尤も、市民権を持たずに奉公や弟子に入る事自体が難しいのだが。
「……いいのか?」
「別に構わないよ。どうやらアンタ達は凄腕の傭兵になりそうだし、それならなるべく懇意にしとくのがいいって思ったのさ。今後も何かしら頼み事をするかも知れないしねぇ」
 ワーキッシュは盗賊ギルドに身を置くが、一応は商売人でもあるので商業ギルドにも同時に所属している。今回の措置は商業ギルドのコネを使ったものであり、盗賊ギルドは本来このような手続きは行わない。何故ならば盗賊ギルド自体がアウトローの集団であり、市民権の無い集団を取りまとめている側面があるからだった。
 ワーキッシュの部屋を後にして受付の男に話を通すと、エルフ兵20名も含めた証明書を申請してくれる事になった。
 受付の中年男に礼を言って書類を受け取った後、駐屯地に一旦戻ってエルフ兵20名を引き連れ、城門横にある関所で証明書の申請をする。関所で証明書発行の業務を行っているのは正規軍の騎士で、どうやら読み書きが出来る一定の地位ある者でないと難しい業務のようだった。
「ふむ、ワーキッシュの推薦状か。理由は……先のリュカリオン遠征での功績による、ってお前さん達、随分と気に入られたみたいだな?」
「そうらしい」
「ははは、俺もあやかりたいもんだ」
 レイジと雑談しながら騎士は証明書を用意していた。今度の身分証明書は傭兵手形よりも身分が保証される為、より細かく詳細を列記していく。傭兵手形が木片であったのに対し、身分証明書は羊皮紙に名前や住所、仕事などを描き込んでいく。やがて全員の身分証明書が無事に発行されたが、それは木製の軸に羊皮紙を巻き付けた巻物(スクロール)であった。
 レイジ達は騎士に礼を述べてから、壁外区の孤児院へと向かう事にした。途中、これから矢を作るというエルフ兵達と別れた。
「それにしてもあの子達、もう少し私達と一緒にいれば市民権が得られたのに」
 壁外に出て城壁沿いを歩いている最中、レミュエールがそんな事を呟く。メシェイラ達は市民権の無いまま駐屯地から出てしまった為、仕事に就いたとしても住居を得られない可能性が高い。その場合は壁外区で生活しなくてはならないのだが、そうなると都市生活者に比べて待遇が悪くなるらしい。
「戦争で死ぬよりはマシだって考えたんでしょ。今更言ってもしょうがないわよ」
 リリーンネールの突き放したような言葉を聞きながら、レイジは黙って孤児院を探して歩く。やがて壁沿いに小さな集落を見付け、その中に一際目立つ背の高い建物があった。この建物こそが孤児院だが、隣接する形でいくつか大きな建物があった。それらは養老院や障害者用施設だったりで、どうやらこの壁外区は単純に労働者だけが住んでいる訳では無さそうだった。
「どうやらここらしい」
 レイジが孤児院の前で立ち止まる。孤児院の建物の三角形の屋根の上には車輪が飾り付けられており、そのシンボルが人間国家に広く浸透しているある宗教のものだと知られている。その宗教はクリストフ教と呼ばれており、何でも神の教えを説いた予言者の名前らしかった。車輪が宗教のシンボルになっているのは時の権力者によって謀反を企てたとして罪人にされ、戦車用の巨大な車輪を背負わせて死ぬまで歩かせたという逸話から取られたとされる。
「クリストフ教の管轄みたいね。私達は外で待ってるわ」
 そのシンボルを見て顔をしかめたリリーンネールが中に入る事を拒絶する。クリストフ教は人間至上主義を貫く宗教であり、エルフなどの人間以外の種族に対して差別的な態度を取る傾向があるらしい。聖クリストフは人間は神が作った選ばれた種族だと説く一方、その他の種族については明言しなかった為に後世になってそのような解釈が起きたようだった。
「分かった。俺だけで行ってくるさ」
 レイジは二人を外に待たせて孤児院へと入っていく。孤児院の庭先に子供でもいるかと思ったがそんな事は無く、誰一人として見掛けずに中に入った。では中に子供がいるのかと言えばそれも無く、孤児院の中は長椅子が立ち並ぶ教室のような部屋になっていた。レイジは中にいるのは一人だけだと知っていたので、迷わずその人物へと近寄っていく。
「誰だ」
 教壇のようなものを前にして何かの書物に目を通していた老齢の男が、人の気配に気付いて顔を上げる。
「アンタがボルガノか」
「……そうだが、一体何用か?」
「ワーキッシュに頼まれてこれを持ってきた」
 レイジは懐から紅玉の鍵を取り出し、ボルガノに見せてみた。
「ふむ、ではお前がリュカリオン遠征で一旗揚げたという傭兵か」
「俺を知ってるのか」
「一応は聞いておった。儂がその鍵を探していた経緯を聞いておるか?」
「いや」
「その鍵は、リュカリオン王家が秘匿する人体強化の秘術を手にする為に必要なのだ」
 ボルガノの明かした鍵の秘密を聞き、レイジはあのリッチやゾンビを思い浮かべていた。まさか人体強化とは、アンデッドというケイ素生物に作り替える事では無いのか。しかしボルガノはそれを察したのか、首を横に振って苦笑いを浮かべた。
「いや、お前が考えているようなものではない。これはあくまで強化に過ぎん。具体的には反射速度を上げるとか筋力を増強するとか、そういった程度の技術だ」
 紅玉の鍵がもたらすものがその程度の事だとして、しかしまた別の疑問が生じる。
「そんなものを求めてどうするんだ」
 ボルガノはレイジのそんな疑問に対し、いくらか黙考した後に口を開く。
「……まあ打ち明けても問題なかろう。実はこの孤児院では、一人の王族を匿っておる」
「王族?」
 いきなり話が別方向へと向かってレイジは戸惑う。
「いや、リュカリオンの王族では無い。今は亡きフォークハウトの忘れ形見だ」
 フォークハウトとは確か、ここメルトランデを含む近隣国全てが一つであった頃の国名だっただろうか。しかし突然、そんな重大な事を打ち明けるボルガノの真意がまるで読めない。
「ふむ、警戒する目付きになったな。それでいい。そうでなくてはこれからする話が無意味になってしまう」
 レイジの態度が変わった事を察知したのか、ボルガノは顔こそ厳しいが目は笑っているように見えた。
「メルトランデを含む周辺各国の支配者達、こいつらは今、人では無い何かによって支配されておるのだ」
「……どういう事だ?」
「ワシもヤツらの正体を知りたいと思っておる。メルトランデ大公の元に後妻として嫁いだ現在の大公妃、こいつが人以外の何かだと、儂は確信を抱いておるのだ。その秘密に辿り着く為には、この鍵で手に入ると言われる秘術を解明する必要があるのだ。つまり、証拠を集めておる訳だ」
 人以外の何か。
 その言葉の意味を考えると、どうしてもあのリッチを思い浮かべてしまう。ただあのような姿であれば人から忌み嫌われてしまうだろうし、大公妃という立場に立てるとは思えない。ならばアンデッドとは違った姿をしたケイ素生物という可能性はあるかも知れない。
「……その話をしたのは、俺達がリュカリオン遠征でゾンビと戦ったからか?」
「ほう、ゾンビと呼んでおるのか。あの忌々しいアンデッドが何なのか、そういった事も含めて解明出来るかも知れんな」
「だが、フォークハウトの忘れ形見だとかの話はどう関係するんだ」
「関係はある。フォークハウト分裂の原因となったのが、そいつら人以外の何かが煽動した結果だと考えられる。もしも連中がフォークハウトの忘れ形見が存在すると知った時、命を狙われる危険がある。正直、この孤児院に匿うのもそろそろ限界だと感じておった。そこでだ。儂らをお前の傭兵部隊に加えてはくれんか?」
 ボルガノの突然の申し入れに対し、レイジは黙ってその目を見る。信用していいのか、その申し入れを受け入れるメリットはあるのかなど様々な思いが頭の中を駆け巡る。
「……俺一人では判断出来ない事だ。外に連れを待たせているんだが、そちらにも聞いてみないと分からない。そういえばアンタはクリストフ教を信仰しているのか?」
 レイジの質問に、今度はボルガノが戸惑う番だった。
「……いや、体面上信仰している事になっているだけだ。こんな場所にいれば信心深いと思われるのだろうが、儂はそこまで純粋では無い。しかし、どうしてそんな事を今聞くのだ?」
「実は外に待たせているのはエルフなんだ」
「……そちらも何やら事情があるようだな。深くは聞くまい」
 どうやらボルガノはエルフと聞いて多少は驚いたものの、特に嫌悪を示したりする事は無いようだった。一般的な人間は特にエルフを嫌っている訳では無いので当然の反応なのだが、あまり交流が無いので多少の警戒感を感じる事がある。レイジは一旦外に出てレミュエールとリリーンネールを連れ、再び孤児院の中へと戻ってきた。
「で、私達にも話があるってどういう事?」
「彼が言うには、フォークハウトの忘れ形見と共に仲間にして欲しいんだそうだ」
 クリストフ教への抵抗感がある為か、不機嫌な顔で聞いてくるリリーンネールにレイジが説明をした。それを聞かされたリリーンネールの顔がさらに不機嫌さを増す。
「そんな事、私達に聞く事なの?」
「俺が一人で勝手に決める訳にもいかないだろう」
「……まあそうなんだけど、人間の国家の問題なんて興味無いのよね。それで、その忘れ形見さんを受け入れて私達にどんなメリットがあるって言うのかしら?」
 リリーンネールは今度はボルガノを意識して質問を返す。ボルガノはエルフを初めて見たらしく、フードを脱いだその顔を見て幾らか驚いていたようだった。レイジは何故か視線を背後へと向け、入り口辺りを見詰めていた。
 「その質問には私が答える」
 凛とよく通る透き通った女の声がして、皆がそちらへ振り向いた。入り口に立っていたのは、乗馬服のような服装を身に付けた長い銀髪の女性であった。


第十五話・真祖暗躍
inserted by FC2 system