Sick City
プロローグ

 ――社会は空虚だ。
 何も考えずに生きていけたら幸せなのかも知れないが、他者を認識した時点でどうしても軋轢が生まれる。人込みに紛れ、ただ周りに流されて生きていくなら、他者との同時性を見出せるのかも知れない。
 だが、俺には無理な事だった。
 こうやって生きている以上、社会に身を置かなくてはならない。だが、一般的な価値観そのものに共感出来ないならば、社会に身を置く己自身にも価値を見出せないのだ。
 色彩の無い日々の移ろいの中、息苦しさに我慢が出来ず、俺は社会から飛び出す事を考えるようになっていた。だが、安易に現状から逃げるのは性に合わなかった。
 社会に身の置き場を見出せずに、刻々と過ぎ去っていく虚脱感。誰にも理解を得られないであろうこの気持ちに苛立ったままのある日、どうという事の無い出来事によって、本来あるべき自分の姿を見出す切っ掛けを得たのだった。
 それは、ただテレビを見ていただけだった。
 その日たまたま見た番組はドキュメンタリーで、温室効果ガスの削減を謳った『京都議定書』によって生み出された、新たなビジネス『排出権』を売買するアメリカの新興企業と、排出量世界二番目の中国、そして海面上昇によって危機的状況に立たされていると言う南洋の島国の話であった。
 ――利益無くして人は動かない。
 そんな結論を述べていたのは、排出権ビジネスに携わる企業のCEOであった。そして、最早あの島国を救う事は出来ないだろう、とも言っていた。確かに人間喰えなくては動けないのだから、自然と金儲けが発生するのを否定してもしょうがない。
 だがそれとは別に、一人ひとりの意識が少しでも自然環境に目がいけば、とも思う。環境保護団体とかも存在するが、やはり普通の感覚ではそういった活動に対して、多くの人は懐疑的なのでは無いか。
 そう考えた末、俺は一人で山登りなんぞをしてみた。景色には感動したものの、結局自分の中にある苛立ちの原因に辿り着く事は無かった。
 次に、都内で色々と遊んでみた。俺は余りにも世間知らずなのではないかと思い、いっそ世間をよく知っておくべきなのではないかと考えたのだ。しかし、それでもまるで判らず、俺は目に見える範囲では答えが得られないのだと思い知らされた。
 だから主観を捨て、集団意識に繋がる事を選択した。
 そんな説明では、何の事を言っているのか判らない人が殆どだろう。だが過程など些細なもので、要するに結果に対する反証行為である。
 表層の社会を形成する根底にあるのは『食』である。生きる以上は必ず食べなくてはならない。そしてその『食』は、全て自然環境によって形成されるものである。
 今まで散々回りくどい事ばかりしてきた様な気もするが、判ってしまえば何という単純な話なのかと思う。しかし大事な事は、何もかもが自然の摂理から生み出された結果が、積み重なったのだという結論。人の生み出す社会は結局、この地球の自然の上に成り立っている。
 俯瞰で見た社会はやはり空虚だった。
 自然の大らかな流れの中、流転する社会を認識し、そして俺には俺の時間の流れがあるのだと思い至った。己が『個』を認識した瞬間。そして脳のスイッチが入れ替わった。
 ――白い光が見える。
 目の前に広がる無限の闇の中、様々な形で様々な方向からだ。白い光はその色も一定では無く、より明るいものもあれば、ほんの微かな光も存在する。
 ――黒い光が見える。
 周りは闇だと言うのに、黒い光は闇よりも強く存在する。闇に浮かぶ光は、それぞれ理を以って存在しているのだろう。
 これが俺の世界だ。
 認識する世界の有り様は整然としており、世界と繋がる俺の存在を、より明確にしてくれる。
 俺はこの認識を理解する。
 それはこの世界に満ちるエネルギーと言う存在。この世界の原初の姿、それは塵とエネルギー。その姿を垣間見た時、俺は自然を理解したのだった。


第一話・女神降臨
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